テロを行うテロリストの意図は、戦時においては私の権力を確認・拡充する事であり、平時においては私の権力を奪取・減衰させる事である。
ただ、そうした政治的影響を度外視した、私のイラクについての言及に対する反射的テロとして自己目的化している可能性もある。
イラクに言及しないのが一番かとも思えるが、イラクの構造的暴力の私的発現のきっかけになっているとも取る事ができるため、その辺りはイラクの特産と化したテロリストと私との政治的駆け引きである。
差し当たり、イラク人民は私がイラクに言及した日は外出を控えるなどの対処をして欲しい。イラク治安部隊も、私がイラクに言及したら警戒を厳にする必要があるだろう。
私は私自身が意図するとしないとに拘らず、世界の安定のためにイラクを不安定にしたブッシュ・ドクトリンに乗っかっており、それを解消しないとこの先も私がイラクに言及する度にテロが起きるだろう。
私がいくらイラクの安定に心を砕いても、ブッシュ・ドクトリンに乗っかっている限りイラクの不安定を助長する事になってしまう。
ブッシュドクトリンは、アメリカ合衆国がイラク人民の生命と世界の覇権を天秤にかけて世界の覇権を選択し、その覇権を失った直接の原因になった戦略である。
私はイラク戦争が「言の葉」による介入の成功例である事を認めつつ、刀遣いとして冥福を祈る事でその覇権(イラクを不安定にする事で保たれた)を継承・軟着陸させる事を志向してきた。
「たった19人の命で覇権戦略の再考を迫る事ができる」という意味では覇権を軟着陸させる事はできているが、問題はイラクの戦時を象徴した私の「言の葉」でイラクの平時を演出できるか、という事にかかっている。
刀は非日常と日常を区切るツールであり、イラクが日常を取り戻している今は戦略的見通しがつかない限り刀は隠しておくべきである。
平時には戦略・戦術は根回しに限るべきであるという私の政治観から言っても、「言の葉」が「言の葉」である限り平時のイラクに言及するのは避けた方がイラクのためであろう(そして、中東が中東である限り「言の葉」は「言の葉」である)。
jleo
鬼神丸国重に懸けて、爆弾テロの犠牲者の冥福を祈ります。
A.L.M.
ただ、そうした政治的影響を度外視した、私のイラクについての言及に対する反射的テロとして自己目的化している可能性もある。
イラクに言及しないのが一番かとも思えるが、イラクの構造的暴力の私的発現のきっかけになっているとも取る事ができるため、その辺りはイラクの特産と化したテロリストと私との政治的駆け引きである。
差し当たり、イラク人民は私がイラクに言及した日は外出を控えるなどの対処をして欲しい。イラク治安部隊も、私がイラクに言及したら警戒を厳にする必要があるだろう。
私は私自身が意図するとしないとに拘らず、世界の安定のためにイラクを不安定にしたブッシュ・ドクトリンに乗っかっており、それを解消しないとこの先も私がイラクに言及する度にテロが起きるだろう。
私がいくらイラクの安定に心を砕いても、ブッシュ・ドクトリンに乗っかっている限りイラクの不安定を助長する事になってしまう。
ブッシュドクトリンは、アメリカ合衆国がイラク人民の生命と世界の覇権を天秤にかけて世界の覇権を選択し、その覇権を失った直接の原因になった戦略である。
私はイラク戦争が「言の葉」による介入の成功例である事を認めつつ、刀遣いとして冥福を祈る事でその覇権(イラクを不安定にする事で保たれた)を継承・軟着陸させる事を志向してきた。
「たった19人の命で覇権戦略の再考を迫る事ができる」という意味では覇権を軟着陸させる事はできているが、問題はイラクの戦時を象徴した私の「言の葉」でイラクの平時を演出できるか、という事にかかっている。
刀は非日常と日常を区切るツールであり、イラクが日常を取り戻している今は戦略的見通しがつかない限り刀は隠しておくべきである。
平時には戦略・戦術は根回しに限るべきであるという私の政治観から言っても、「言の葉」が「言の葉」である限り平時のイラクに言及するのは避けた方がイラクのためであろう(そして、中東が中東である限り「言の葉」は「言の葉」である)。
jleo
鬼神丸国重に懸けて、爆弾テロの犠牲者の冥福を祈ります。
A.L.M.