一読して、芥川の文体には自分自身のことばを模索した跡がない。芥川は、その膨大なボキャブラリーから、いわば既成のことばを、鋭い言語感覚をもって選別しているに止まる。どの分野にあっても、人に創造を志向させるのは、作者固有のモラル、そのモラルのもたらすエネルギーである。

「僕は芸術的良心を始め、どういう良心も持っていない。僕の持っているのは神経だけである。」(『歯車』)と書く芥川の文章が、創造よりも彫琢かたむくのは当然であろう。初期、中期の作品にみられる凝りようは、読むものを息苦しくさせる程である。


ことばといのち〈1〉異郷で読む日本の文学/遠山 清子
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