欠けた<六華撰> (つづき)
コートを脱いでタバコをくわえた時だった。
「京都の村松さんという方からお電話です」
タバコをデスクに置いた。
「ジンか、会社ヘ電話してくるなんて珍しいな」
「お、いたか」
口調が早い。私の出社時間である十一時を待っていたのかもしれない。
「ニューな、今朝、ショーベエが死んだ」
「……」
「ブックが知らせてきて、俺が連絡係になった。あいつはその事で忙しいらしい」
「…だめだったのか。で?」
「まだ何も決まっとらんらしい。また電話すると言ってた。そしたら、報せる」
「わかった、頼む」
急にオフィスの中の音が消え、空洞状態になった。
デスクの上には伝言メモが二枚、FAXが一枚。目に映っているが、読んではいない。置いてあったタバコに火をつけた。そのまま三十分くらい宙を見ていたのかもしれない。
「あのお、ワールド広告の田崎さんが急用だそうですけど」
事務の女性が控えめに声をかけてきた。
「あ、わかった」
至急打合わせしたい仕事が発生したという。どうしても行けないので、代わりの者を出すからよろしくと謝って、指定された時間と場所をディレクターの刈谷に伝えた。もう一本タバコを吸い、ようやくメモとFAXに目を通した。一枚は今の件。あとのメモとFAXは制作物訂正の確認。とりあえずは問題ない。
「前島さんという方からお電話」
ジンの電話から一時間以上過ぎていたのだろう。
「ニュー、聞いたか?」
「さっき、ジンから」
「ブックからの伝言だ。ジンは会議中だそうだ。いいか、お通夜は明日十一日火曜日夜七時。告別式は明後日の午前十一時、場所はホーリカン。どんな字か知らん。俺は今日行くつもりだけど、お前どうする?」
「今の今だから、まだわからん」
「わからんじゃなかくて、行こうぜ」
「お前、今どこだ」
「新潟」
「でも、お通夜は明日なんだろう。行くとなりゃ、いろいろと…」
「とにかく行ってやろう。本日、ソクだ。どうせ仕事も無くて、ヒマなんだろうが」
「とは言っても、貧乏会社は支払いのやりくりだの何だのと、大変なんだ」
「がたがた言ってないで、何とかしろよ。俺もかかえてる事を片付けて…そうだ、ちよっと待て、時刻表見るから」
ミツグの性急さは今に始まった事ではないが、私の頭はまだ作動していない。
「よし、ニイマル・ヨンニに金沢駅ヘ着くようにする。駅前のニットウホテルの一階ロビーでニイイチ・マルマルに会おう。俺はまだ皆に連路しなきゃならんから」
返辞を待たずに電話は切れた。
あれの件、あの担当者…私はメモ用紙に書いて整理を始めた。いつの間にか気持ちは金沢ヘ向いている。スタッフに事情を話して対処をふり分け、仕事先ヘは親族に不幸があってという事にして、すでに金沢ヘ行くための行動をとっていた。
昼飯を食べる気にもなれず、妻に喪服その他の支度を頼んで横浜の自宅ヘ向かったが、急に電車がまだるっこしく思われた。
思い出して自宅から金沢の姉に事情を話した。姉はショーベエを知っている。
「うちヘ来ないで、どこか近くのホテルに泊りなさい。こんな時だから、その方が何かと便利でしょうに」
「そんな金ないよ」
「なさけない子やね。そのくらい出してあげるから…。その方が私も面倒臭くないわ。あんたは食ベ物にうるさいし、帰ってくるとお酒臭いし、ご飯つくるのはしんどいし明日ホテル代持ってってあげるから、そうしなさい」
姉は矢継ぎ早に命令を出した。
「晩飯はすませて行くから…。明日の朝は味噌汁と漬物でもあればいいよ。今からホテルだの何だのって面倒だし、とにかく今日行くから頼むよ」
「仕方ない、泊めてあげるわ」
いつまでたっても末弟に対する口調は変らない。
時刻表も確かめず、羽田で運よく間にあった飛行機の席におさまると体全体から空気が洩れて行くようだった。遺体になったショーベエが待っている…。
空港ロビーから外に出ると、うるんだ闇が低く垂れていた。二月初旬の雪まじりの冷気が頬にはりついてくる。金沢駅行のバスを探して窓際に腰をおろすと、綿のトレンチコートのまま来てしまった事に気がついた。
走り出して三十分ほど経っている筈だが、どの辺りなのか…。犀川大橋が昔ながらの姿を見せる頃になって、ようやく金沢市に入った事がわかった。これまでは、ブックが車で小松空港まで迎えに来てくれるか、郊外にある姉の家ヘタクシーで直行するかで、バスは初めてだった。
湿雪が降りかかってくる金沢駅ヘ着いたのは八時二十分。ミツグの指定したニイイチ・マルマルまで四十分もある。タートルのセーターとツイードのジャケットを着こんできたが、トレンチの衿を立てても、ホテルまでの数十米で芯まで冷えてくる。
寒さに凍えながらもホテルのラウンジでビールを頼み、トイレに行って戻って来るとブックが人を探すように立っている。
「ブック」
「お、よう来てくれた。こんな事でなしに会いたかったな」
「うん。でも、お前がなんでここに?」
「ミツグから、多分ニューが先に着いてる筈だからって、電話があった」
「あいつ、わからんと言っておいたのに」
「昔からそういう奴よ。お前が着くものと決めこんでいる」
ビールの小瓶をちびちびと一本ずつ空けた頃、背中を丸めたミツグが疲れた様子で右手をあげながら現れた。
「しんどそうだな、大丈夫か?」
私は立ってミツグのバッグを持った。
「すまん。急に喘息がひどくなってな」
「そうか、ご苦労であった。ビールは?」
「いらん。呑むと苦しくなる」
「じゃ、軽くめしでも食うか」
ブックが誘った。
「駅弁食ってきたから…」
「調子悪くても食うだけは食うんだな。ニューは?」
「何も食ってないけど、相変らずあんまり食えないな」
「バブル崩壊による胃潰瘍と食欲不振というやつか。カニはどうだ」
「ほう、いいな」
「でも、今晩、ショーベエの所ヘは行かないのか?」
ミツグが不審そうに二人を見た。
「今は大変だろう。遠慮しようや」
すでにショーベエの家ヘ行って何かと手伝ってきたらしいブックが制した。
「正解だな」
「じゃあ、もう禁漁だけど、うまいカニを食わせる店がある。行こう」
外に出ると風が出て、雪が横なぐりに吹きつけ、東京とはまるで違う冷気が顔に突きささってきた。
タクシーで着いたのは浅野側の川べりにある、もと遊郭の名残りをとどめた格子戸もそのままの一軒。金沢ではかつて東の郭、西の郭といわれた遊郭が、共に浅野川、犀川の流れに面していた。ブックが慣れたふうに入って行くと、金沢弁で挨拶に出た四十代と思われる和服姿の女将に心暖まった。
「申し訳ないんやけど、今日はカニ無いんやわ。なんか、ほかのもんで堪忍してもらえんやろか。お魚やったらいいのも入っとるし」
「わかった。とにかく東京からカニ目あてに来た友だちや。なんかうまいもん持ってきてくれや。それと熱燗二三本」
甘みのある大根おろしをたっぷりつけて食ベる寒鰤の刺身が昔のままに美味だった。
<アナログ高校物語 第49回につづく>
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いつも読んでくださってありがとうございます。
アナログ高校物語は毎週火曜日更新です。
ちなみに物語に登場する伊原なる人物が
わが父、伊藤嘉直のようです。
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手元にある原本の残りページが少なくなってきました。
ざっと区切りとなる部分を数えてみると、
あと5~7回掲載をすると終了となるようです。
開始当初は、
週1回の掲載を最後まで続けられるのかと心配もありましたが、
はじめの志をとおすことができそうです。
物語はどのように終わるのでしょう。
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『アナログ高校物語』は、
創設から4年を経た(昭和28年)石川県立金沢二水高等学校の
ある日の授業風景から始まる物語です。
物語の書き手は私の父、伊藤嘉直。
昭和10年生まれの父は同窓の仲間の協力を得ながら
平成12年12月に書き上げられたこの物語は、20部だけ製本して形になったようです。
おそらく私は社会人1年目に父からこの本を手渡されました。
なかを読むことなく15年以上が経ち、父もすでに他界しました。
思うところがあって、
今回、初めて内容に目を通すと同時にブログへの公開に取組んでいます。
【思うところを書いた記事】 アナログ高校物語 第0回 〜父の自叙伝のようなもの
手元に一冊だけ父から渡された本があり、
その表2部分(表紙の裏)には、こう記されています。
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駄文の書き手 伊藤 嘉直
美本の造り手 上田 孝信
気力の支え手 梅田 俊彦
評のほざき手 笠松 正彦
窪田 香代
細川 弘司
前川 盈
松村 順
山本喜久二
(五十音順)
※以上 昭和二十九年石川県金沢二水高等学校第六期卒業生
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アドバイザー 植松 二郎
※第十二回織田作之助賞受賞作家・コピーライター
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