欠けた<六華撰> (つづき)

 何とか年は越せたが、銀行からの借入れは増え、会社の業績も上向く気配はなかった。仕事を取り入れるために人脈をたどって出歩き、資金繰りに追われながら、うっとうしいゴールデン・ウイークを迎えていた。
 そんな時期、ブックからショーベエが脳腫瘍で入院したという電話を受けた。脳腫瘍という病名が、突き刺すように響いた。
 「で、どうなんだ」
 「手術したんだがな…もう一ヵ所あるんだそうだ」
 「それは?」
 「俺にはよくわからんけど、なんか難しい場所にある小さな腫瘍だから、もう少し待って再手術するそうだ」
 「本人は知ってるのか?」
 「知ってる」
 「そうか…状態はどうなんだ」
 「今のとこ、苦しんでるとか、おかしくなってるとか、そんな事は無いみたいだ」
 「でも、怖いな」
 「怖いよ。また状況を知らせるわ」
 「頼む。とりあえずは六華撰の金沢集合も、ショーベエの様子待ちだな」
 「そういう事だ。他の奴らにも知らせておくよ」
 お互いそれ以上の話は弾まなかった。
 詳しい知識は無かったが、根治しにくい病気のイメージがあった。もし…という思いが拭い去れない。級友だった嵐の三年前の事も思い出される。とはいえ、何ができるわけでもなく、ブックの情報を待つしかない。
 七月末にジンから金沢ヘ行かないかと誘いがきた。
 「墓参りに行くんだけど、お盆休みの混雑はさけて、来月四日の金曜日に行く予定をたててる。急な話だけど、ショーベエの見舞いも兼ねて、どうだ」
 「お前はもう決めたんだな」
 「ちょうど会社の事も一段落するから…」
 「わかった、決めてしまおう。行くよ」
 「大丈夫なのか?」
 「わからんけど、大丈夫にするよ。ショーベエの事はずっと気になってたし…だけど、ザカとかミツグとかは?」
 「お前に電話する前に二人に声をかけてみたんだけど、二人共ちょっと無理らしい」
 「そうか、ま、いいよ。お前となら、時間がありゃ梅沢にも会いたいしな」
 「それはあいつの都合次第だけど、とにかくブックには俺から連絡しとく」
 「じゃ頼むよ。金沢着の時間はまたお互いに連絡とればいいわけだ。ブックには小松空港まで迎えに来させなきゃならんから」
 「それで本山旅館泊りって事にするか」
 「よかろう」
 私は金曜日を休みにして金沢ヘ向かった。姉には今回は寄らないかもしれないと連絡すると、「助かった」といつもの調子だった。
 三時頃小松空港に着くとブックが待っていてくれた。駐車場の車にはジンがいた。湿度の高い真夏日に吹き出した汗も、クーラーがきいていたおかげですぐにひいた。
 「早いな」
 「会社から電話があったりすると面倒だから朝さっさと出て来たんだ」
 「じゃブック、このまま、ショーベエの所ヘ行こうか」
 とにかく顏を見たかった。
 「それならロビーで奥さんに電話してみる。待っててくれ」
 戻ってきたブックは、「行こう、大丈夫みたいだ」と何故か大きく息をついた。
 黒田昭造と表札のかかった玄関を開けてブックが声をかけると奥さんが迎えに出た。
 「わざわざ遠い所、ありがとうございます」
 二階に案内されると、座椅子の背にもたれたままのショーベエが、「お!」と嬉しそうに軽く右手を上げた。半袖のシャツから出ている腕は細く、血の気の無い顔にネットの帽子が痛々しい。手術の痕もあるのだろう、抗癌剤で頭髮も抜けるのだろう。
 「今日はなんだか、とても調子がいいみたいでよかったですわ」
 奥さんが驚く程に生気を取り戻しているらしい。横になれと言うのに、「いつもならダウンしてるけど、今日は大丈夫だ」と坐り直し、脳腫瘍という核心をはずれながら喋りあって二時間は過ぎていた。
 「お前らの顔が見たかったよ。この前まで、でっかい総合病院に入ってたんだけど、まるでモノ扱いされて、俺はもう再起不能の廃棄物になってしまったのか…みたいに思えて息がつまりそうになってな、一人で屋上ヘ出た。このまま飛び降りやろうか…ほんとにそう思ったよ。でもその時、急にお前らの顔を思い出してな、もう一度会うまではやめようと思った。俺をひきとめたのはお前らなんだ」
 淡々と話すショーベエに、覚悟を決めたような開き直りを感じた。返す言葉が無い。
 「ところでニュー、ブックから何となく聞いてるけど、会社の方はどうなんだ」
 末期癌、と言いかけて慌てて呑みこんだ。
 「難破船状態だ」
 「そうか、そもそもお前は経営者って柄じゃないからな。この突然の不況の荒波で船長はつとまらん」
 「うん、つくづくそう思うよ」
 ショーベエからは何を言われても不思議と腹が立たない。
 「俺が元気になったら、北陸支社をつくって新規開拓で業績を上げてやるよ。商売の事なら俺の方が上だ」
 「認める。船が沈まん内に早いとこ頼む」
 「まかしとけ」
 空元気とは思えなかった。
 励ましに寄ったらしい川又がいきなり声をかけたのを機に、あまり疲れさせてはいけないと、名残り惜しそうなショーベエと別れ、ブックの店ヘ向かった。
 「ほんと俺もびっくりしたよ。あんな元気なショーベエを見たのは久しぶりだ。先週も寄ったんだけど、ほとんど横になったままでまるで生気が無かった」
 「よかったよな。何もしてやれんけど、俺たちも少しは役に立ったみたいで…」
 しんみりとジン。
 「でも本当のところはどうなんだ。かなり危いのか?」
 私はあえてブックに聞いた。
 「誰もはっきりは口に出さんけど、諦めよう、覚悟しようという感じがあるな」
 「病院を出たって事は、わが家で…って意味なのか?」
 「いや、それはショーベエがどうしてもあんな非人間的な場所に閉じこめられたくない、気が狂いそうだって強引に出てきたんだ。奥さんが言ってた」
 「それならいいけど。その病院、別に梅沢の紹介とかじゃないんだろう」
 「もちろん」
 「梅沢なんかはどう言ってるんだ」
 忙しい合間をぬってショーベエの様子を見に行っている事はブックから聞いていた。
 「先生は内科だからな。ただ、あんな人だから軽々しくは口にしないけど、回復の可能性が薄い事は言葉の端々でわかる。昨日今日の付合いじゃないもんな」
 「つれえな」
 ブックの店で荷物を解き、薄手のTシャツと短パンに着替えようとする私を見上げて、それまで黙って坐りこんでいたジンが誘いかけた。
 「シンゲンの店でも行かないか、呑もうよ」
 「よし行こう」
 立ち上がったブックはガレージから車を出そうとした。
 「お前、呑むんだろう。だったら、タクシーの方がいいんじゃないか?」
 ジンが止めようとしたが、すでにエンジンをかけている。
 「大丈夫だよ、乗れ」
 仕方なく二人で後部座席に坐り、「よく生きのびてるな」などと悪口を言っている内に店から離れた場所の隙間を探してとめた。
 

<アナログ高校物語 第47回につづく>

アナログ高校物語の索引はこちら

 

 

いつも読んでくださってありがとうございます。
アナログ高校物語は毎週火曜日更新です。

 

ちなみに物語に登場する伊原なる人物が

わが父、伊藤嘉直のようです。

 

このゴールデン・ウイークには、

久しぶりにお墓参りにいく予定です。

ついでに

子どもたちが楽しめるようなところにも行きたいと思い、

周辺をリサーチしています。

 

 

 

『アナログ高校物語』は、

創設から4年を経た(昭和28年)石川県立金沢二水高等学校の

ある日の授業風景から始まる物語です。

 

物語の書き手は私の父、伊藤嘉直。

 

昭和10年生まれの父は同窓の仲間の協力を得ながら

平成12年12月に書き上げられたこの物語は、20部だけ製本して形になったようです。

 

おそらく私は社会人1年目に父からこの本を手渡されました。

なかを読むことなく15年以上が経ち、父もすでに他界しました。

 

思うところがあって、

今回、初めて内容に目を通すと同時にブログへの公開に取組んでいます。

 

【思うところを書いた記事】 アナログ高校物語 第0回 〜父の自叙伝のようなもの

 

 

 

手元に一冊だけ父から渡された本があり、

その表2部分(表紙の裏)には、こう記されています。

 

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駄文の書き手  伊藤 嘉直

美本の造り手  上田 孝信

気力の支え手  梅田 俊彦

評のほざき手  笠松 正彦

           窪田 香代

           細川 弘司

           前川 盈

           松村 順

           山本喜久二

           (五十音順)

 

※以上 昭和二十九年石川県金沢二水高等学校第六期卒業生

 

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アドバイザー  植松 二郎

※第十二回織田作之助賞受賞作家・コピーライター

 

 

 

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