欠けた<六華撰> (つづき)
二次会が解散したのは十一時過ぎ。梅沢が会計をすませてあったらしい。ザカと二人ブックの店ヘ泊る事にして姉に電話した。
「そんな…迷惑でしょうが」
「いや、自宅じゃなくて店の方だから、誰もいないんだ」
「そんならいいけど。お友だちにあんまり世話にならないでちゃんととしなさいよ」
「ああ、さっきはありがとう。おかげで軍資金もできたから」
「連絡はもっと早くしなさい」
「わかった、ごめん。明日また電話する」
ブックの店は、ジンも本山旅館と呼び、自宅があるのに何度かいっしょに泊った事もある。また大きな雪片が舞ってきた。
「布団はあるけど、風呂は無い。入りたけりゃ、近くに銭湯があるから行ってこい」
「馬鹿、この雪の中、ユキ倒れもいいとこだぜ」
「わかりましたよ、ザカ。じゃ冷や酒でもやりながら久しぶりで一局いくか」
「よかろう」
「ニューはビールがいいか」
畳の上へじかに缶ビールを置くと、碁盤を運び出した。ブックは三段、ザカは二段というが、それがどの程度のものかも知らない。
雪の降りつもる気配が部屋をおさえ、碁石の音が冷たく鋭い。ショーベエの遺影が目の前に浮かぶ。疲れてはいたが、時折ジャブを入れてくる二人を無視して寝るわけにはいかなかった。
「やっぱりニューしかいないよな、ザカ」
「おっとそうきたか。ということは…うん、同感」
「その石は命取りになるかもしらんよ。ま、いいか」
ブックが一段上の余裕を見せながら続ける。
「ショーベエもいちばん喜ぶと思うな」
「アイ・スインク・ソーだ」
二人とも本気らしい。
「おいブック、何か書く紙あるか」
「いくらでもある」
ブックは何にするとも聞かず二階ヘ上がった。書をたしなんでいるとは聞いていたが、いきなり習字用の紙を十枚ばかり前に置き、横の文机にころがっている筆ペンを指さした。私は碁を打ち続ける二人に背を向け、横目で見る気配を感じながら書きなぐり始めた。
「おい、ちょっとやめろ」
驚く様子もなく二人は手を休めた。
「できたか」
ブックとザカが覗きこむ。
「読んでみてくれ。六華撰の話は他の人に関係ないかもしれんが、今の俺にはこれしか書けん。それでもよけりゃ、やらせてもらう」
乱れた文字が這いずっている紙を、わざと二人の前ヘ放り投げた。ブックは黙って目を通すと、ザカにまわした。
「他の人なんか、もういいんじゃないか。型通りの事なんか好きじゃないショーベエだ。どうだ、ザカ」
「ご両人の検閲パスなら、不肖私めがって事にするけど、いいんだな」
「がたがた言う奴がいるかもしらんけど、関係ない。まかしとけ」
裏に何かありそうな気がしたが、聞き出すのをやめにした。
「じゃブック、すまんが清書してくれ。俺は字が下手だから」
ブックは何故かすぐに弔辞用の紙を取り出し、丁寧に書き始めた。その時抽き出しに、ブックがすでに自分がやるべく用意してあったらしい弔辞が見えた。お互いそれにはひと言もふれなかった。
<アナログ高校物語 第52回につづく>
*
いつも読んでくださってありがとうございます。
アナログ高校物語は毎週火曜日更新です。
ちなみに物語に登場する伊原なる人物が
わが父、伊藤嘉直のようです。
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葬儀を前にしたやりとり。
この文章を読みながら、
父本人の葬儀にあたって、
姉が弾く葬送行進曲を録音している姿を思い出しました。
元気な頃に父からリクエストされていたそうです。
姉はどんな思いで鍵盤を叩いていたのでしょう。
想いを込めて弾いている姿に
愛のようなものを感じたことを覚えています。
父は、娘が弾く葬送行進曲に送られて
さぞ喜んでいたことでしょう。
*
『アナログ高校物語』は、
創設から4年を経た(昭和28年)石川県立金沢二水高等学校の
ある日の授業風景から始まる物語です。
物語の書き手は私の父、伊藤嘉直。
昭和10年生まれの父は同窓の仲間の協力を得ながら
平成12年12月に書き上げられたこの物語は、20部だけ製本して形になったようです。
おそらく私は社会人1年目に父からこの本を手渡されました。
なかを読むことなく15年以上が経ち、父もすでに他界しました。
思うところがあって、
今回、初めて内容に目を通すと同時にブログへの公開に取組んでいます。
【思うところを書いた記事】 アナログ高校物語 第0回 〜父の自叙伝のようなもの
手元に一冊だけ父から渡された本があり、
その表2部分(表紙の裏)には、こう記されています。
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駄文の書き手 伊藤 嘉直
美本の造り手 上田 孝信
気力の支え手 梅田 俊彦
評のほざき手 笠松 正彦
窪田 香代
細川 弘司
前川 盈
松村 順
山本喜久二
(五十音順)
※以上 昭和二十九年石川県金沢二水高等学校第六期卒業生
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アドバイザー 植松 二郎
※第十二回織田作之助賞受賞作家・コピーライター
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