内と外の概念は日本文化を読み解く上で本質的な要素です。
内と外の区別を簡単に定義すると、日本人は内のものに対して親しみや同情の感情をいだき、外のものに対しては隔てる、という日本人の特徴です。日本人ほどものや人に対して感情的な距離を細かく区別する文化は他の国には見られません。
この考えは言語的な面と文化的な面どちらでも見受けられます。
まず、言語的な面で象徴される内と外の文化です。
1つ目は「くれる・あげる」の区別です。これはどちらに対して心理的に近く同情を寄せているかの違いを表します。例えば、花子は太郎にチョコレートをあげた/くれたと言う場合、花子に対して近い感情があれば”あげた”を使い、太郎であれば”くれた”と言います。
2つ目は「に・から」の区別です。花子に/からチョコレートをもらったと言う場合、花子に対して近い感情があれば"に"を使い、そうでなければ"から"を使います。
3つ目は敬語です。内の人間を外の人間に対して話す時はへりくだった謙譲語を使い、直接外の人間に話す時は相手を上にあげる尊敬語を使います。
最後はこの・その・あの、の区別です。自分が心理的・物理的に近いものを指す時はこれを使い、相手にとって近ければそれを使い、どちらからも遠ければあれを使います。
次に、文化的な面では、「本音・建前」、「義理・人情」、「甘え」、「恥」、「未練」がそれを象徴しています。
1つ目は「本音と建前」です。日本人は距離の近い友人や家族の人に対しては本当の感情を言うものですが、社交的な場面においては公共の場での暗黙のルールに従い自分の本当の感情を主張すること避けます。
2つ目が「義理と人情」です。例えば、上司に対する日々の感謝の気持ちを祝日にギフトを送ることで示そうと思うのは人情ですが、社交辞令としてギフトを送るのが義理の感情です。
3つ目は甘えの感情です。甘えの感情は小さい子がお母さんに対して抱く「甘えたい」という感情ですが、英語においては同じような定義の言葉は存在しません。これは、日本人の母親がアメリカ人の母親と比べて長い時間を共に過ごす、固形食を与える時期が遅く母乳を与える期間が長い、などといったことが要因で強く育ちます。そのため、この甘えの感情は年上の内の人に対して芽生えることが多いです。
4つ目は恥の文化です。欧米人はキリスト教に象徴される"罪の文化"持つのに対して、日本人は"恥の文化"を持ちます。これは”世間"という"外"の人間から期待される世間体に沿わない行動をした時に起こる感情です。
最後は未練の感情です。これは誰かが過去の出来事や人から離れられない時の感情です。例えば、日本人は誰かを見送る時に、アメリカ人よりも長く見送ります。これは誰かが"外"へ行く時にまた"内"へ戻ってくることを願っての振る舞いです。これは必ずしも未練の感情ではなく礼儀としての振る舞いかもしれませんが、通常、日本の伝統的な家では門があり玄関がありそして生活空間が段階的にあるため"外"から"内"へと客が入ってくる段階があるように、客が去る時もこの段階を遡っているのです。また、日本人は礼を二度相手に対して言うように、"外"(=過去)を"内"(=現在)へと引き戻しています。これらが未練の感情の例になります。
このように、日本語は微妙な距離感を的確に表現するのに便利な特徴があり、日本の文化にもその微妙な"内と外"の距離感を象徴する特徴が見られます。 これらの"内と外"の関係性は日本の察知の文化に象徴されます。日本人の人付き合いでは、直接的でない人の感情を察知し、それらを上に書いたような微妙な言葉の使い方などで人に示しているのです。そして、これらは日本人の同情的な性格に由来する文化でもあります。
一つ一つの特徴を掘り下げて調べるともっと深い文化的な特徴がわかると思いますが、簡単に"内と外"の考え方に由来する言語と文化の特徴をまとめました。これらを勉強してみると、日本人は曖昧だと外国人から言われることがよくあるようですが、そうではないということがよくわかりました。微妙なものの距離感を的確に捉えることができる日本語と、他人との人間関係に非常に繊細である日本人が相手の感情や立場を敏感に察知してコミュニケーションをとるようにしてきたことは、むしろ欧米人よりも的確に物事を捉える事が自然とできる日本人の強みだと思います。なぜ日本人が曖昧だと思われてしまうかというと、日本人のコミュニケーションにはこのように察知を重視した間接的なやり取りが多く、思っていることは言わなければ思っていないと同様とみなす欧米のような直接的なコミュニケーションの中では理解されにくいからなのだと思います。
前に、サッカーの本田圭介選手のドキュメンタリーを見た時に、本田選手がオランダについて間もない頃は自己主張をすることに悩みを抱えていたようです。しかし、思ったことを言葉でしっかりと主張するということを心掛けた本田選手はチームのキャプテンを務めるまで成長しました。彼が、キャプテンとして特に評価されていたのは、選手ごとに違った口調で気を使ったコミュニケーションが測れるという所でした。まさに、日本人の察知力を保ちつつ、自分の意見をしっかり言うということを磨いた良い手本だと思いました。
毎回、日本人の特徴を学ぶに度に、日本人のよさを保ちつつ、アメリカ人の考え方を取り入れていくというのが鬼に金棒なのかと考えます。今回は、内と外の文化に由来する日本人の敏感な察知力についてでした。