北京五輪のサッカー代表が3戦3敗で予選敗退した。
2戦目のナイジェリアとの戦いだけ見ていたが、
特に面白くないゲームで後半の途中でTVを消した。
先日、最終戦のオランダ戦も結果だけニュースで見たのだが
本田圭のファウルによってPKとなり、これが決勝点となったらしい。
試合後の談話で本田圭が
「オレの考えは違った。そんなに怖くない。圧倒できると思ったから前から行こうと。
他の選手に話したら全員、それでいくとなった」
「審判に邪魔されたとしか言いようがない。」
といった発言をしたために物議をかもしている。
批判の内容は
監督に対する造反、チームを自分勝手に動かした、負けた責任転嫁だ、などなど。
しかし書き込みを見ていると
驕り、ビッグマウス、帰ってくるな、オランダの回し者、などなど
エスカレートしており、明らかに度が過ぎて来ている。
実際のところ、本田圭という選手はどうなのかというと
才能のある22歳の若い選手である。
ワールドクラスとはいえないレベルなのだろうけど、
日本のオリンピック代表に選ばれ、スタメンで出場する選手である。
本田圭のコメントをもう一度読んでみたが
まったくもって普通のコメントだと感じた。
(監督の指示と違うことをするとかに関していえば、
結果として方法を間違ったと言われるのは当然だと思うが・・・。)
監督が何を言おうともプレーするのは選手だ。
選手はすべての試合で勝ちたいと強く思って試合に挑む。
勝てる手応えを感じて、負けたときの悔しさは選手にしかわからない。
本田圭は悔しかったのだと思う。それも非常に。
結果的に監督を無視した格好になってしまったことは
十分反省しなければならない。
溢れる悔しさの矛先をレフリーにすると、マスメディアを通して伝わる時には
負け惜しみとしてしか伝わらないことも学ばなければいけないだろう。
しかし、言葉の使い方や考え方に幼さがあるものの
これだけ素直に、エゴイスティックに戦いを振り返る日本人選手は少ない。
かの神様ジーコも選手時代から監督になっても勝利に貪欲で
悔しさを溢れさせる人だったと思う。
本田圭に対して
チームスポーツなんだから勝手なことをするなとか、
監督を無視するお前は何様だとか、
呼んでもらった人を裏切ったとか、代表に呼ぶなとか、
ファンに謝れとか、これらは的が外れている。
サッカーはチームのスポーツだがボールに触るのは一人である。
本田本人も言っているが最後は"個の力"。
本田圭一人が監督を無視して、他の選手が監督の指示どおりで
あったとすれば、それはチームとして機能しないだろうけど
チームメートが賛同するのであれば、
試合が始まれば個々のアイディアや独創性は絶対に必要で
一流の選手はプレースタイルやポジションをその試合の流れの中で
巧みに変化させていくものだと思う。
逆に言うと、これが日本のサッカーに足りないのでは?と思っている。
これが勝利への執念とか決定力に差をつけないとは思えない。
本田圭に的はずれな誹謗を行う国民性が
日本が強くなれない可能性はないだろうか?
だいたい何でファンの声で代表選手を選ぶ選ばないとか決めるんだ?
日本代表かも知れないけど、選手はファンの代表ではない。
アスリートとして自分の勝利への強い思いでプレーするものだ。
そういった思いがぶつかり合うからスポーツは面白いのだ。
国同士のメダルレースなら中国と共同参加すればいい。
メダル獲得は増えるのだから。でもそれでは面白くない。
であれば選手の悔しさ溢れた負け惜しみを素直に聞くべきだ。
若いというよりもまだ幼さが残るアスリートが戦って、
負けて悔しさのあまり負け惜しみを言っているだけだ。
本田圭はまだ若い選手なのだから、これからの成長を期待したい。
精神的にも強くなって欲しい。
次のW杯でも代表に選ばれる選手になって欲しい。
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