ワードプロセッサー、懐かしいですね。
1980年代、手書き以外の印刷手段は「和文タイプライター」でした。当時、運転免許の代書屋さんにもありました。
私も一時期「日本タイプライター」製のものを使ったことがありますが、盤面に細かく並んだ漢字を探すのも一苦労で、ない文字は「活字セット」なる箱からピンセットで取り出して装填しなければなりませんでした。
重量も重くて、使用しないときは活字の脱落防止の鉄板を挿入しておかないと、活字が飛び散ったら悲惨なことになってしまう代物でした。
でも、印字された文字は美しく、書籍などの印刷物と遜色ないものでしたが、当然文字サイズの変更はできませんでした。
1989年頃、アルバイト先の電気店事務室に、東芝のデスク型ワープロが鎮座していました。デスクにキーボード、モニタ(緑色)、プリンタなどが実装され、店長談では数百万円したとのことでした。漢字変換ができ、タイプライターとは雲泥の差で驚いたものです。でも、とても個人で買えるような値段、サイズではありませんでした。
私は当時流行っていましたホビーパソコン、シャープのX1turboとエプソンのドットプリンターにて漢字の印刷を行っていましたが、いわゆる「ギザギザ文字」で、単漢字変換、プリンターでは第二水準が別売りでした。それでも4倍角まで文字が拡大でき、サークルの印刷物などで重宝していました。
その後、私も仕事でワープロ専用機を操作するようになって、NECの文豪、キヤノンのキャノワード、富士通のオアシスといった機種を操作していました。いずれも文書保存はフロッピーディスクで、他社間の互換性はありませんでした。また、熱転写プリンターのカートリッジも各社で違っていました。また、フォントも明朝体が標準で、ゴシック体など扱う場合は専用のROMカードを必要とする機種もありました。
ワープロ最盛期には、別売りでモデムカード、通信ソフトがあって、パソコン通信ができるものもありました。
90年代後半になり、職場もパソコン(NEC PCー9800シリーズ)が導入され、一太郎というワープロソフトにて文書作成ができるようになり、ワープロ専用機は徐々に姿を消していきました。
私が、自宅にて最後まで活用していましたのは富士通 オアシス30msという、ブラウン管モニター一体型のものでしたが、重くて奥行きもありました。また、親指シフトではなく、普通のキーボードでした。
ワープロって知ってる?
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