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PBX5 Bldg.

当館にお越しくださりありがとうございます。生活や思い出、たてもの関係など、ジャンルを問わず書いていきます。気軽に読んでいただければ幸いです。

外出自粛の時、在宅時間を有効にと昔の家族旅行アルバムの点検、整理をしていました。

1975年頃、近鉄ビスタカーで名古屋の(親の)友人宅へ向かいました。そのビスタカーは、側面に”VISTA CAR"と尖ったような書体のロゴが付いた10100系(ウィキペディアで調べました)でした。1979年に廃車になってしまいましたので、今思えば貴重な乗車でした。

2階席は生まれて初めてで、ワクワクして、親からカメラを借りて車窓風景を撮ったようでその写真がありました。

マンションか、社宅のようにも見えます。上の筋は、ビスタカーのカーテンレールです。

走る車内でしかも初めての路線。狙って撮れたものでもなく、シャッターを切ったら偶然写ったものと思われます。

2棟なのかコの字型なのかはわかりませんが、2棟の階段がシンメトリーになっています。近代建築では、左右対称の意匠もあります。

仮にA棟・B棟とすると、A棟の人が階段踊り場でB棟の友達と会っても、会話はできてもいったん下まで降りないといけないのかなぁ?と、古い写真を眺めながら思いました。

 

よく、友達などからSNSやらないの?と聞かれます。

Twitter、Facebook、LINEなど・・・

たくさんアカウントを作って、コミュニケーションも楽しそうです。

 

でも、一昨年親の他界の際、遺品の整理をしましたが、親はそういったアカウントが一切なかったため、目に見える書類だけでした。もし、PCやスマホ世代だったら、大変なことになっていたと思います。

 

私も1980年代は、パソコンといってもX1のようなネット接続のないものでしたし、お店の会員証もカードでしたので、現物があって確認可能なものばかりでした。

コミュニケーションも、雑誌の文通欄で知り合った方と情報交換くらいでした。

 

新型コロナウィルスで急激に悪化し、命を落とされるかたのニュースを耳にし、とても他人事ではないと思いました。私もそうなるかもしれないし、交通事故など不慮の出来事、さらに、認知症で自分でもわからなくなったら・・・

 

よく閲覧していたブログで、「明日更新にご期待」のまま、2年以上止まったままのところがいくつかあり、どうされたのかと心配にもなります。

 

スマホやPCのハードディスクなら、データ復旧などもありますが、今はクラウド上のデータなどで、さらに大変です。

たくさんアカウントを作って、自身でも管理できなくなったり、万一のことがあったときのことを考えると・・・

 

このブログを始め、ネットは便利にはなりましたが、悩みや不安も付随する時代になったと、痛感しています。

 

 

今まで入院したことある?

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入院・・・
 
幼少の頃からお医者様にお世話になっている私。
医療費、引っ越しなど家族にも辛い思いをさせてしまいました。
前回の記事にも書きましたが、ダメな子供で情けなくなりました。
入院も十数回。仮死状態、事故、病気の悪化などなど・・・
その時も、現在コロナ始め様々な場面で奮闘されています医療従事者の皆様には感謝と、過労で自身が倒れてしまいかねないか、心配でもあります。
 
入院中、あのコールボタンを押すので悩んだことがあります。廊下を走り回っている看護師さん。忙しそう・・・
点滴が終わって、血が逆流して「ヤバそう」とドキドキしながらも、コールボタンに手をかけながらも、「今押すべきか」「いや、きっと来てくれるだろう」が交錯し、迷った日々。やむなく押して、そのクリック感覚で「あー押してしまったぁ」どうしよう・・・とドキドキした日など。
 
入院すると、最初はわからないことだらけでした。
夜中に突然ライトで照らされて、ビックリしたこともありました。
検査か何かで、個室にベッドを移されたときは、僅かな物音にも敏感?になってしまいました。
退院の日、それまで世間話や趣味の話題で談笑していた同室の患者さんと別れるのも辛かったこと。
 
様々な思い出があります。