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PBX5 Bldg.

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今日のネット・テレビニュースで、伊豆方面への特急「踊り子」号として使用されてきました、185系が定期列車としては、最後の運行と報じていました。

私は、185系には伊豆の卒業旅行で1度しか乗車できませんでしたが、駅などでは何度も見ていました。

 

写真(プリント)は、1980年代、小田急江ノ島線の藤沢駅より撮影したものです。

一緒にいた友達は、小田急の通勤電車やロマンスカーを撮っていましたが、私はこの185系と183系の踊り子号を撮影しました。今見ても、緑の3本ストライブは斬新です。また、集中型冷房装置の両側にある外気取入口も、185系ならではの形状でした。(後の関西旅行で初めて見た117系にも、同様の取入口がありました)

 

現代の車両は、行先表示器やヘッドマークにLEDが使われていますが、この185系はシートタイプで視認性良く温かみも感じます。

 

185系は今後、どうなるのかはわかりませんがあの楽しかった卒業旅行とともに、いつまでも覚えていたいです。

40年間、ありがとうございました。

3.11。あの日から10年が経ちました。

テレビやネットでは、10年の節目と、さまざまな特番が放映、記載されています。

 

我が家も、震度5強の揺れには昭和30年代の家は耐えられず、独立基礎の一部が破壊され、柱は傾き部屋は四角から平行四辺形のようになってしまいました。

 

しかし、判定は一部損壊。加入していた地震保険も、十数万円の支給額でした。

 

これ以上倒壊せぬよう、金物や耐力壁の新設などしましたが、ゆがんだ家を元に戻すには数百万必要で、数件相談した工務店も「1960年の建売住宅は、修復より建て替えたほうが・・・」と同じ答えでした。

 

震災の数年後、我が家の用途地域が変更され、建ぺい率70%容積率200%だったのが、それぞれ40% 80%になってしまい、建て替えが一層困難になりました。阪神淡路大震災で、この建ぺい率容積率で現状規模では、再建不可能な被災マンションのテレビ番組を見ましたが、我が家にこの問題が直面するとは、夢にも思っていませんでした。

写真は、柱が傾いたため途中で床にぶつかって90度開くことができなくなった物入れの扉です。扉の幅は約40cmです。

報道はされませんが、住まいが「一部損壊」のため、不自由で不安な暮らしをされているかたは、多いと10年を節目に、思いました。

前回、「ムーンライトながら」が事実上廃止になってしまった記事を書きましたが、今度は小田急特急ロマンスカーで、車内販売が廃止になるという新聞記事を、先日読みました。

 

私はロマンスカーには箱根観光などで十数回、乗車しました。その多くはNSEと呼ばれる3100形でした。

車内販売のワゴンが来ると、良くホットコーヒーなど注文し、時には弁当を買ったこともありました。

 

鉄道の車内販売を最後に利用したのは、2012年の東海道新幹線でしたが、ロマンスカーの車販が思い出に強く残っているのは、家族旅行だったことと、ある年の2月、箱根から帰るとき乗車したロマンスカーの私の号車がなぜか寒く、乗客も数名でした。車掌さんより前に来た車内販売の方が、寒いのはこの号車だけと教えてくださり、呼んでくださったのかすぐ車掌さんも来て、空席があったほかの号車へ案内され行くと、車内はぽかぽかでした。1両だけ、暖房が故障していたようでした。

小田急線の通勤電車で、ロマンスカーの待ち合わせ(通過待ち)に時々あいましたが、ロマンスカーが停車すると、屋根上にあった小さなキノコのような換気口?から、コーヒーの香りがホームに漂ってきて車内販売の思い出と同時に、ホットコーヒーが飲みたくなったものでした。