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PBX5 Bldg.

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1975年頃、友達が重ね録りができるおもしろいカセットレコーダーを持っていました。録音しても、元の音が残っていて、しかも別々に音量調整ができました。歌のテープを聴きながら録音して歌った後再生。するとオリジナルの歌と自分の歌が自在に調整しながら聞こえたのです。現在のマルチトラックMTRのような感じでした。

当時私が持っていましたのはソニーのラジカセで、録音済みテープに録音すると、当然元の音は消去されてしまいましたので、子供心にとても不思議でした。

そこで友達宅で、そのカセットレコーダーをスケッチした時の絵が先日出てきました。

1975_LL_Cassette
うろ覚えですが、横置きの上面操作型で、図の左からピアノタッチ式のカセット操作ボタン、カセット取り出しレバーがあり、その右にはドラム型の音量調整ダイヤルが2つあり、確か左がオリジナル音声、右が重ね録りした音声の調整。その上面にはレベルメーターとスピーカーが、右端にはマイクなどが収納できるアクセサリーポケットが付いていました。
下面にはキャリングハンドルがあって、側面か後面にACコード差し込み口、マイク、イヤホンジャックなどが並び、さらにオーディオ仕様のDINコネクターまで装備されていました。

しかし、この機器で重ね録りしたカセットテープを自宅のラジカセで再生すると、混じって聞こえてきてしまい調整はできませんでした。
後になって、この不思議なカセットレコーダーは、LL(ランゲージ・ラボラトリー)機能といってステレオトラックの片側のみを録音可能としたものであることを知りました。

当時はモノラルの機器しか持ってませんでしたから、LLの概念がわからなかったのです。

もう当時録音したテープはありませんが、もし今残っていたて、現在のステレオカセットで再生したら、片側からオリジナル、もう片方のスピーカーからは、重ね録りの音が聞こえると、懐かしいスケッチを見ながら思いました。
1970年代、「BCL」という趣味がありました。
ラジオや受信機で、普段聞くことの困難な遠距離の国内ラジオや、海外の短波放送を受信するものでした。
そして、受信した放送局に「受信報告書」を送ると、お礼に「受信証」(ベリカード)を送ってくださる局が多く、それをコレクションする友達もいました。

当時、海外には多くの「日本語放送」がありましたが、放送時間は限られていました。当時のラジオは、アナログのダイヤル式がほとんどでしたので、予め周波数を合わせておくことは困難でした。
当時、そんなBCLのお助けアイテムとして「マーカー発信器」があり、100kHz,50kHzなど設定した周波数間隔で信号が出て、ある程度周波数をセットはできましたが、当時持っていましたラジカセでは、10kHz以下では連続受信になってしまいました。

そこで、当時BCLの周辺機器というべきグッズを販売していた「ミズホ通信」から、周波数カウンターが発売されました。

DX008-1
MIZUHO DX-008Dという周波数カウンターです。ラックマウントのような形状をしていますが、幅20cm程度の小型のものです。当時は「オーディオブーム」でもあったためか、本機も確か「BCLコンポ」のようなシリーズで発売されていたようです。(専用ラックもあったような記憶があります)

DX008-2
通常の周波数カウンターとは異なり、予めセットした数値を加算・減算できる「プログラマブル機能」が付いていました。取説がなく、当時の細かな記憶も薄れてしまい残念ですが、確かラジオの局部発振部分から信号を取り出して本機に入力する際、例えば455kHzのラジオだと受信周波数に455kHzが加算された値になってしまうので、予め-455kHzにしておく?機能だと思います。

DX008-3
底面の蓋を開けると、このようなスイッチ群があります。これで、減算や加算をする数値がセットできるようです。色が塗ってあるのは、当時利用していたラジカセに合わせて忘れないようにしていたものと思われます。

プログラマブル機能を切って、通常の周波数カウンターとしても利用ができ、前面にも測定用の端子が備わっていました。


DX008-4
裏面にはスイッチ取り付け用の穴が予め開けられていて、シールで塞いでありました。私は後日、内部に「プリスケーラー」という回路を増設して、より高い周波数帯域まで測定できるよう改造をしていたようです。ユーザーに改造の機会まで与えるといった、ミズホ通信の良心が伺えます。

本機のおかげで、BCLの夢だった「周波数直読」「待ち受け受信」が、高級受信機ではなく、手持ちのラジカセで可能となりました。以降大活躍し、数多くの局を聴くことができました。

トライアングルアンテナなど、BCLのお助けアイテムをご提供くださいました「ミズホ通信」。ネットで調べましたら会社はすでになく、創業者の高田継男氏も、今年2月に永眠されたとの記事がありました。春の大整理で三十数年ぶりに物入れから出てきました本機を眺めながら、寂しく辛くなりました。

繋がっていた「ラジカセ」はもうありませんが、本機は現在でも周波数カウンターとしては機能しますので、ミズホ通信、高田さんに感謝しながら使い続けようと思います。
先日、あるビルへ行きました。
1970年代に竣工した古いビルでした。
階段を上がると、廊下との間に防火扉が付いていました。
何度もペンキが上塗りされていましたが、それ以上に驚いたのが
ドアクローザーが腐っていたことです。
アルミのダイキャストでできたドアクローザーは、白い粉が吹いていてボロボロでした。
そしてまた、現在では見かけない小判型の温度ヒューズが埃にまみれていました。

そこで、防火扉のリング状の取っ手を引いてみました。温度ヒューズ部分のストッパーは外れましたが、扉は手を離した位置で止まってしまいました。
つまり、万一の火災で温度ヒューズが溶断しても、防火扉は閉まらないという状態でした。
驚きつつ、扉を押して元の格納位置まで戻しておきました。

オイルが漏れて、もの凄いスピードで閉まってしまう例は何度もありましたが、自閉機能が失われたドアクローザーというのは、初めてでした。

油漏れの形跡はなく、私が考えた原因は
・ドアクローザー内部のバネが折れた。
・リンクやブラケットに塗り込まれた塗料で可動部が固着してしまった。

など思いつきましたが、「防火扉って、火災報知器のように年何度か点検されているのか?」と思いました。
このビルでは、何年も動かしてないように思えました。おそらく「消防法」と「建築基準法」に絡んでいるのかと思いました。

自宅で経験した古いドアクローザーの問題。この閉まらない防火扉で痛感しました。その重要性は、我が家の玄関とは比較にならないほど大きなものと思います。


以下は、自宅玄関ドアでお世話になったドアクローザー専門会社の記事です。