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PBX5 Bldg.

当館にお越しくださりありがとうございます。生活や思い出、たてもの関係など、ジャンルを問わず書いていきます。気軽に読んでいただければ幸いです。

神奈川では、一昨日、昨日と2日連続で雪が舞いました。
積もることはありませんでしたが、外気温は2~3度しかなく、家の中に居ても足元から冷えを感じる寒さでした。

水道の蛇口(水栓)やユニットバスには、一般地(温暖地)仕様と寒冷地仕様があり、後者は凍結して破損しないように水抜き機構が備わっていたり、壁や床などの断熱材が厚く(高断熱)なっています。

1970年代に建てられたような一戸建てには、屋根には何もついていませんでしたが、1990年代半ばあたりから、新築家屋には屋根に雪止めという金物や瓦がつくようになりました。
また、屋根への積雪は30センチに耐えられるよう設計されていると、昔聞いたことがあります。

今日、鳥取(平年の10倍)や東北など大雪で、「建物倒壊に注意」と字幕が出ていました。私の住む南関東でも、想定外の大雪がないという保証はありませんので、ある程度の雪や寒さに耐えられるような配慮が、これからは必要なのではと、ニュースを見ながら思いました。
耐雪・・・ふと2012年関西の旅を思い出しました。


耐雪ブレーキというボックスが写っていました。ネットによると、常時ブレーキパッドを軽く押し当てておく装置のようです。こちらの鉄道では、装置はあるようですが表記されたボックスは見当たりませんでした。おそらく、小さなプレートか、ほかの機器と一緒なのかもしれません。
車窓を眺め、飲料を飲もうと視線が窓下に移動したとき、「異変」に気づきました。


窓を開けるレバーが、なくなって板で塞がれていました。手や顔を出すなど、危険防止のためなのでしょうか。板の状態から、現役時代から長らく塞がれていたようです。


4年前、ここにあったTSKレバーで、ガラスの全重量、重い窓を開けたのが懐かしくなりました。

さらに、ガラスを押さえてあるガスケット(ゴム)が、劣化しひび割れているのを見て愕然としました。
かつての南武線、101・103系でも、ひび割れが目立つといつの間にか真新しいガスケットになっていた記憶があり、この4年前のJR西日本S4編成では、劣化に強い黒のガスケット(黒ゴム)でした。
この博物館に搬入する前、国鉄色に戻した時、なぜガスケットを交換しなかったのか、素人ながら?に思いました。さらに、


下がだめなら上を・・・上窓に手をかけましたら、開閉金具が錆びていたのです。窓枠などのアルミ部材も、潮風の影響と思われる点食(点状の白いもの)が目立ち、とても辛くなってしまいました。
以前当館でご紹介しました我が家の雨戸・戸袋にカーワックスで保護したことを思い出し、博物館とは、資料を大切に保存するところでは? 目の前にある現実に、思いがこみ上げてきました。


それでも、この117は来館の皆様に飲食や休憩にと、努めているのだと気を取り直し、紅茶でのどの渇きを潤しながら考え、4年前に叶わなかった、117の細部まで見学することにしました。
飲料を飲むために出たら、117系が居ました。
外観は国鉄色に戻されて、4年前の関西の旅で初乗車したことが懐かしくなりました。
そして、ワクワクしながら車内に入りました。


乗務員室の仕切り。木目の内装は同じでしたが、ドアノブの形状、運転台側の窓、温度計などがJR東海バージョンで異なっていました。左上の、後付けの家庭用(建築用)エアコンが、この車両がもう動かないことを物語っているようでした。


こちらは、2012年関西の旅の時の、JR西日本のものです。


乗務員室の中です。「S1」という札がありました。元はS1編成だったのでしょうか。線路はなく、前を走っているあおなみ線と対照的に感じてしまいました。


こちらは2012年、西日本(S4編成)のものです。自動的に連結・分割をするためのレバーがありました。また、後付けの乗務員カード?の機器も異なっていました。


乗務員室脇の座席窓です。車窓?には、船や橋、真夏の空が見えました。


こちらは、2012年。晩秋の空と架線。窓サッシの形状はどちらも同じでした。