外で足回りなど見学していましたら、夏の暑さで再び涼しい車内に戻ってアイスティーをいただきました。そして、目に入ったのがドアコック。展示車両で、圧縮空気は先のつぶれた台車バネで作用していません。無断で操作は御法度ですが、扉を開けてみるだけなら大丈夫かと、慎重に開けてみました。
赤いコックを見た瞬間、昔放映されましたテレビ番組を思い出しました。
NHKスペシャルで、1996年頃放映の、確か「職人技が消える・町工場」といったようなタイトルでした。
東京・蒲田駅近くの糀谷地区の町工場。父が上京し、働き始めた記念すべき場所です。その中に、「鳥海製作所」というバルブメーカーがあって、そのロゴは「丸にとの字」と報じていました。この117系のコック、まさに、丸にとの字でした。
確か、納入先からコスト半分、寿命半分と迫られて苦悩する様子でした。そして、外国製のものが実際に装着されたといった放送でした。録画がなく、記憶だけが頼りですので間違っていましたらすみません。
放送当時は鉄道に関心がなくて、父の働いていた、そして私も何度も通った蒲田や糀谷のことで印象的な番組でした。ある町工場が廃業して、長年使ってきた工作機械が運び出されていくラストシーンは、今でも脳裏に焼き付いています。
20年経って、ここであの番組、父の上京と繋がり、驚きそして感慨深くしばらくこのコックを眺めていました。
赤いコックを見た瞬間、昔放映されましたテレビ番組を思い出しました。
NHKスペシャルで、1996年頃放映の、確か「職人技が消える・町工場」といったようなタイトルでした。
東京・蒲田駅近くの糀谷地区の町工場。父が上京し、働き始めた記念すべき場所です。その中に、「鳥海製作所」というバルブメーカーがあって、そのロゴは「丸にとの字」と報じていました。この117系のコック、まさに、丸にとの字でした。
確か、納入先からコスト半分、寿命半分と迫られて苦悩する様子でした。そして、外国製のものが実際に装着されたといった放送でした。録画がなく、記憶だけが頼りですので間違っていましたらすみません。
放送当時は鉄道に関心がなくて、父の働いていた、そして私も何度も通った蒲田や糀谷のことで印象的な番組でした。ある町工場が廃業して、長年使ってきた工作機械が運び出されていくラストシーンは、今でも脳裏に焼き付いています。
20年経って、ここであの番組、父の上京と繋がり、驚きそして感慨深くしばらくこのコックを眺めていました。
あの日から6年が経ちました。
部品を買いに、秋葉原へ行くはずが腹痛に襲われ、近所で部品を買って帰宅し、休んでいたら・・・
我が家のトイレなどは、現在も壁にひび割れた跡が残っています。
忘れないこと、備えること、語り継ぐこと・・・が重要だと、テレビやラジオで報じています。
私は、忘れるどころか時々夢に出てきたり、日中でも何かの拍子に思い出します。
部品を買いに、秋葉原へ行くはずが腹痛に襲われ、近所で部品を買って帰宅し、休んでいたら・・・
我が家のトイレなどは、現在も壁にひび割れた跡が残っています。
忘れないこと、備えること、語り継ぐこと・・・が重要だと、テレビやラジオで報じています。
私は、忘れるどころか時々夢に出てきたり、日中でも何かの拍子に思い出します。