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PBX5 Bldg.

当館にお越しくださりありがとうございます。生活や思い出、たてもの関係など、ジャンルを問わず書いていきます。気軽に読んでいただければ幸いです。

リニア・鉄道館では鉄道のさまざまなことを見学・体験することができ嬉しかったです。

夕食の時間が迫ったので、17時過ぎ帰りのあおなみ線に乗りました。



新しい車両ながら、連結部の扉には先ほど見た117系と同じドアノブが付いていました。



車窓からは、貨物列車が見えました。幼少の頃、品鶴線という貨物線が近くにあり、併走する新幹線とともに、良く眺めていました。

貨物のレール音は、「タン・タン・タン」と独特な音でしたが、このようなコンテナ貨車だと、普通の列車のような音だったような記憶があります。



貨物の機関車です。幼少の頃見ていた機関車より現代風で、先ほど見た117系のような前面デザインでした。桃太郎という愛称も描かれていて、貨物に改めて親近感と、品物が届くことに感謝しました。



夕食は、名古屋駅前の地下街、エスカでいただきました。味噌カツなど、名古屋ならではの献立でおいしかったです。



お食事をいただき、地上に出たのは19時回っていました。日の長い夏でも、この時間になるとかなり暗くなっていました。

今回の宿は、線路が見えるビジネスホテルを選びました。


多種多様な電化製品が生活に溶け込んでいる現在、住宅の壁面には多数のコンセントやスイッチが付いています。

昭和30年代に竣工した我が家は、中古で買って引っ越してきた昭和50年代、それまで住んでいましたマンションとの、電気設備の差に驚きました。

まず、お部屋の壁には照明のスイッチがなく、天井には電源端子むき出しの引掛シーリングが竿縁天井についているだけでした。マンションより持ってきましたペンダント照明を付けると、あかりは点きっぱなし。急遽引き紐スイッチのついた器具を、近所の電器店まで買いに走りました。

コンセントは、各室一カ所しかなく、しかも丸穴の1口タイプでした。三つ叉タップが必須でしたが、コンセントプレートが柱に接触するような取り付けでしたので、三つ叉でも2口しか使えず、テーブルタップを買いに走りました。

さらに、分電盤は木の板に電力会社の黄色い20Aのブレーカーと、安全器という15Aのヒューズが実装された陶器のものが2つだけ。1階と2階の2回路でした。マンションの時のようなカバーはなく、ホコリをかぶって危ない状態でした。

電気オーブンやトースターなど、家電を使うと安全器のヒューズがよく切れてしまい、電器屋まで走りました。まとめて買っても、すぐなくなってしまいました。特に夜間は困りました。

そこで、電気工事店に相談し、スイッチやコンセントの追加、古い配線の更新、分電盤の交換工事をしていただきました。費用はかなりかかったようですが、引き込み線が2線から3線になって、合計40アンペアまで使えるようになりました。

そんな昭和時代の痕跡が、柱に残っていました。


トイレの入り口脇の柱に残る、プルスイッチの跡です。トイレの電灯は、ここに設置されていたプルスイッチの紐を引くことで点滅していたのです。
夜の真っ暗な中、この「紐」を探すのが大変でした。


柱の中央に穴を開けて通線していたようです。この柱は2階を支えていないので、このようなことができたのかもしれません。


壁のスイッチ新設の際、切り離され今はどこにも繋がっていない電線が見えました。湿気で緑青も生じていました。現在のVVF 1.6mmより細そうです。電気工事の時、2.0mmの電線に交換しましたが、その理由がわかるような線でした。
外されたプルスイッチは、もう現存しませんが当時、手探りでトイレのあかりを点けたことは、今でもはっきりと覚えています。
明日からお天気が崩れるというので、お友達とお花見に行きました。


行ったのは町田市の成瀬というところです。横浜線の成瀬駅は初めて降りました。
ホームの窓のデザインが、近代建築のようなデザインでした。


その、ホームを支えていた梁。力強さを感じました。

駅から少し歩いて、恩田川を目指しました。


桜はまだ五分咲きで、同じ東京でも都心のような満開近くではありませんでしたが、橋から手が届くような位置に花が咲いていて、ほのかに香りもして、暖かな昼下がりゆっっくりとお花見ができました。