丘の上にあった新日鉄研究所 | PBX5 Bldg.

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川崎に住んでいた頃、周りは平坦地で自転車で少し行くと多摩川の土手でした。その中に、井田、蟹ヶ谷という丘の上のエリアがあり、友達と時折行きました。変速機付き自転車でも結構きつい急坂を上がり、眼下に広がる自分の街を眺めながら、競うように豆粒みたいな我が家を探し当てていました。

丘の上には、市のリハビリセンターや福祉施設、新日鉄の大きな研究所がありました。研究所の中央の細長い建物は、屋上にある平均台のような梁?が印象的で、変わった建物だなぁと思いました。


10年ほど前、知人から「新日鉄、なくなるみたいだよ」との知らせを受け、急遽現地へ向かいました。


PBX5 Bldg.-新日鉄1
屋上の梁?が特徴だった新日鉄の研究所です。すで

に、解体工事が始まっていました。


研究所内では、すでに解体工事が進行中で小さな建物は壁が崩され、中のロッカーが丸見えな無残な姿になっていましたが、子供の頃焼き付いていた中央の建物はまだ原形をとどめていました。

そこで、この地区で一番高層だったリハビリセンターに頼んで、屋上から撮影したのが上の写真です。

子供の頃、ワクワクさせてくれた建物も、これで見納めになりました。



PBX5 Bldg.-新日鉄2
表札が外された正門です。昔の表札が現れました。


最後に、正門に回ってみました。解体した廃材を搬出するトラックが行き交っていました。「新日鉄先端技術研究所」の表札は取り外され、かつての「八幡製鉄株式会社東京研究所」と記された表札が現れていました。ちょっと縦長の、昭和レトロな書体に、この研究所の歴史を感じました。


跡地は区画整理され、現在は「さくらが丘」という戸建ての住宅街になっています。