風の行方

風の行方

~ゆるゆると遊び亥♀~
海から生まれていつか空へ

熊本で震度7の地震。

LPガスの爆発でショッピングモールの被害映像を見てなんだか気持ちが重い。

今の暑さも地球規模で見ると大変動期に入って来たらしいし。

 

地球という星も誕生から折り返しに入ったらしいし、宇宙開発の報道も、遠い未来への布石だろう。

 

福岡はお金まみれの県政治が明るみに出てきた。

地方はこういうことまだまだある、と、したり顔のコメンテーターや元政治家たち。

中央政治でもお金の不都合が明るみになったばかりでウヤムヤのまま。

国民は忘れっぽいし、ジャーナリズムがしっかり機能していない。

 

一番の悪は日本の報道機関だろう。

知っていたはずなのに、忖度が横行する。

そして、私たち国民もレベルが低い。

若い頃、地域で女性が意見をいうと、共産党かといわれたことがあった。

陰でこそこそ回る話を、当事者たちがいたので、本当ですか?と問いただしただけなのに。

 

仕事でアジアからの留学生たちと接触があった。

1989年からだが。

留学生たちはいう。

「東大生でも、日本が近現代、どういうことをアジア各国にしてきたか知らない」と。

歴史の勉強は明治維新後はさっと流すだけ。

「欧米人だとチヤホヤする日本人」と。

 

高校で社会科の教師をしていた従弟に訊ねると、

「指導があり、近現代は詳しく教えることはできない」とこたえた。

1,2年前か、末息子が

「自分は近現代史を知らないんだよなぁ、、」と話しかけたことがあった。なにかがあって、話はうやむやになったままだが。

 

今ロシアがやっているウクライナへの侵略は、かつて日本が韓国へ行ったことと同じ。韓国併合などと、言葉でごまかして教科書に載っていた。

 

日清日露戦争は、当時力が弱ってきた相手国に戦争を仕掛けて勝ったのだと、私は中年になってから初めて知った。

北方4島は、いつから日本の領土になったのだろう?日露戦争で勝ってからだろうか?

そして第2次世界大戦で日本が負けてから、旧ソ連に取られたのだろうか?

 

国の領土問題は、当時の力関係で線引きされたのではないだろうか

 

正しいことを教えて謝り、そして対話して関係を築くのが、国も人も共存することだと思う。

 

そう言う意味では、ヨーロッパは長らく戦禍が絶えなかったのに、EUとしてまとまろうとしているのは知性の結集だ。すごいな👏

現場はそれぞれ納得していない、と夫は言うが、とにかくまとまろうとしている。

 

暑さで食欲は減退し、夫ともどもアイスへばかり手が伸びる。

食べたいものを食べようと、夫は屈託ない。

 

近所からスイカの差し入れがあった。

また、親戚の蕎麦屋から佃煮の差し入れもあった。私が痩せてきたと見て、ご飯を食べるようにと。

皆さまありがとう。

庭のイチジクが紅くなってきた。少しずつお返ししょう。

 

今夜は冷やし中華にしようと、焼き豚を焼いた。↓

 

 

赤身肉が300gほどあるので、陳皮はないけれど、あり合わせの調味料で煮込んだ。

シナモンスティックを1本入れてみた。初めて、。

 

↓ BSで街角ピアノをみた。ここはウィーン

 

ウィーンはぜひ行くといいと多くの人が言う。もし機会があったら、行ってもいいかもしれない。

日本や世界各地の街角でピアノを弾く映像は楽しい。

今を時めく角野隼人も、以前ニューヨークの公園でピアノを即興に弾いていて知った。

東大院卒の研究者の道でなくピアニストを選んだ角野のピアノは、音が画面から飛んできそうだった。

 

ウィーンでは、ウイーンフィルのバイオリニストが弾いていて驚いた。

 

毎日暑い。

昨日は隅田川花火大会で、ドカンドカンと音が響いてくる。だいぶ前から高い建物ができて、今は我が家から見えなくなった。

早寝の私は布団に入っても、花火の音が聞こえてくる。

まだ起きていた夫に「うるさいわねぇ」と茶の間にいいに行った。

「小学校の運動会だと思えばいい、鈍感になると幸せだよ」

 

そだねぇ~~

 

↓ 釈徹宗の対談を読んだ

 

羽生善治との対談は面白かった。

「勝つときはいつの間にか勝つことがあるけれど、負けの時は必ず原因がある」

こんなことを話していた。

 

↑ 柴又駅から参道への入り口

 

菩提寺へ8月のお施餓鬼の申し込みに行った。

暑いせいか帝釈天の参道はゆったり歩ける人並み。

氷を食べたくて通りの店へ入った。

 

緑色の抹茶蜜はの後ろ

 

明くる暑い日も夫の眼科病院へ出かけた。

予約時間を1時間半以上待った。

この担当の女性医師は、安心して診て頂いている。

 

夫は、高血圧と胃のかかりつけ医、動脈瘤の病院、そして眼科病院と3つの医療機関に通う。

 

眼科の医師は、動脈瘤の具合を気にしながら加齢性黄斑変性症の注射を調整するが、他の医師は担当の病気だけを診ているような気がする。

 

この日、眼科の先生は

「動脈瘤は全体の影響を受けますから、お変わりないのは体調がいいのですね」と仰った。

 

私は新鮮な気持ちで言葉を胸にたたんだ。

私も毎月コレステロールのかかりつけ医と骨粗鬆症の整形外科にお世話になっているけれど、整形外科の受診を勧めたかかりつけ医は、特にそちらのことは聞いてこない。

かかりつけ医は夫婦同じでもう長い。

 

夫は何があっても気にしない。

私も振り返ると感謝のみ。親兄弟より長生きしている。

 

最近NHKの解説で、この暑さは数千年に一度、と聞きかじった、。巨大な数字!

 

時代時代で波があり、今はAIだけでなく天候まで変化が大きすぎる。

私たちは静かに終わるのを受け止めればいいけれど、現役世代は大変と思う。

特に子育てはしんどい。

 

少しでも役に立てるように暮らしたいけれど、心配かけない方が大事かも。

 

↓ブランチは冷やし中華。

 

 

 

 

朝刊一面のトップ見出しは、ゴシックで

【改正皇室典範成立】と書いてあった。

 

戦争も、こうやって始まったのねと思う。

昭和100年・戦後80年が経った昨年は、かってなく戦争への反省報道が多かったと記憶しているけれど。

 

愛子さんの存在に興味を持ったのは、正月の皇室の歌会始の記事。

成人になられた愛子さんの初の短歌が素晴らしかった。

以来毎年新聞記事の紹介を楽しみにしている。

 

国民の意向より、自分たちが選挙で当選し続けるのを第一目標としている自民党と、そのからくりに気が付かない私たち日本人有権者のレベルは、こんなものなのでしょう。

 

戦争が続いているウクライナで、閣僚の汚職が時として報道される。

祖国が爆撃されているのに、個人的に蓄財をはかる政治家は、戦前の日本と同じで世界に一定数いることに、驚くことも無くなった。

 

結婚して古い街に住むようになった。

当時、近所のたまに耳に入る噂話のあれこれは、真偽不明のよくない話もあった。

ところがいつのまにか、近隣で悪口を流す人が減ったと思う。人口も増え、住みやすい環境になったと感じている。古だぬきになった?😅

 

年配者として、若い人への思いやりを忘れないようにと肝に命じてきた。

 

若嫁の私は、いやな話を聞くたびに夫に伝えた。

夫はそういう話を、他市から来た私に言う人は、「可哀想な人」とよく言っていた。

 

「可哀想な人」という表現は、50歳過ぎてから意味がわかるようになった。

 

明らかに姑との間を裂こうとしているような話もあった。こちらが円満に暮らしていると揶揄したくなるのはたしかに可哀想。

 

姑の友だち、夫の友だち、子どものクラスメートの親たち。

同じ小中学校の卒業生も時々。

姑は小学校の校歌を孫と歌うのを楽しみにしていた。

 

普通に行き来する平々凡々な暮らしは、家族を持つ醍醐味だと、近頃強く思うようになった。

 

皇室の方々はお気の毒で仕方がない。

 

自民党の延命のために、自分の権力維持のために皇室を利用する政治家たちこそ、戦前存在していた『不敬罪』に相当すると思う。

 

折しも再生の道の人が、党を離れて福岡の田川市長に当選したばかり。今、県議会のお金で問題が浮上した福岡は、会派が分かれていて特定の党に所属しているとやりにくいから離れて立候補したそうで当選した。

少しづつ次世代のために私たちが政治家を選ぶ見識を持ちたい。

 

書き終えると夫が図書館から帰宅した。

各新聞がどのように報道しているのか読み比べたらしい。

東京新聞はいちばん分かりやすい。男性天皇が絶対。愛子さんは天皇になれない。ヨーロッパは長子相続が普通と書いてあった。」

「他の新聞は、そういうことを分かりにくく書いてある。まぁ朝日は各政党ごとの意見が書いてあるが、とのこと。」

 

爺ちゃん、がんばれ😊しっかりしている。

 

↓たまには焼きそばブランチ

 

昨夜のバンキシャでの農園の出番は、ほんの一瞬だった。線路わきを歩く桝アナの姿から始まったけれど、農園全体を映してほしかったなぁ。

でも、つくばの種子保存のジーンバンクでのアプローチがメインだったなら、それはそれでヨシとしよう。寺島なすをほおばる桝アナが大写しになったし!

3時間滞在して一瞬の切り取り。

 

↓ きょうのブランチ

食べ始めて夫は「もっと薬味がほしい」とのたまう。

そうかと大根おろしを急いで作った。

 

起きてきて、夫は「ヘンな夢をみた」と頭をひねる。

「地下鉄が沢山走っていたんだよ」

「人はいた?」

「いや誰もいない」

「もしかしたら銀河鉄道999かも」

「あの世への乗り物だったのか・・・」

「すごいわ、予行演習してる」

「もう平均寿命過ぎてるもんな」

「両親とも60代で早かったからあなたは充分生きたかもしれない。ひとりで何でもできているし。立派」

「・・・・・」

「お婆ちゃんは盲愛していた息子が長生きしたことを見ている。向こうへ行っても私は威張れるわ」

「お前は幸せだなぁ」

 

高校時代からの友が3人亡くなり、最近一人が脳出血で入院中。

酒好きでヘビースモーカーの夫は、自分が一番早く亡くなると思っていたそうだ。

同業でもう一人の仲間の友は、杖を使うが頭はしっかりして、専門への英語での問い合わせにも応じている。

心は若くておもしろい。

↓ サンゴ花

 

20年も前か、近所の豆腐屋さんから分けて頂いたお花。私に下さった店主の細君は、もうそのことを覚えていない。

 

その方は、その後、娘さんからの母の日のギフトのアジサイを、鉢植えのまま下さった。

わが家で地植えしたアジサイは毎年青い花を咲かせている。

 

朝、庭仕事をしていると時々声をかけられる。

つい昨日は子どもも孫も来ない、という愚痴を繰り返し聞かされた。

「どこの家もそう。今は時代が変わったわ」という。

こういう時の相槌は慎重になる。

そういう家とそうでない家がある。

夫はよく言う。

{その間にグレーゾーンがある。決めつけるな}

 

昨日は、長男の高2の孫が学校帰りに寄った。期末テストは終わったらしい

一緒に園芸店へ土を買いに行ってもらった。20リットルを二袋。

 

日射しの中を土を積んだ台車を押す孫はいろいろな話をする。普段はあまり自分からは喋らない。よく知らない町の外の空気は、つかの間の解放感をもたらすのか。

 

昨日の材料が余っているから今夜は巻きずしでいい?と聞くと

「昨日七夕だったから?」という。

「えっ、七夕か、家は無意識にさっぱりしたものが食べたくて巻きずしにしたの」

 

10代は七夕行事が身近なのねと、微笑ましい。

 

茶の間で私のパソコンを傍らに付けながら、自分のタブレットを操作している。

夏休み明けの文化祭で演じるクラスの出し物の物語を書いているらしい。

(ふぅん、この子がぁ・・・)

 

そばで干渉しないようにしていたら、近所の友だちがやって来た。

 

さっき外で家の夫と出会ったという。お元気そうねと我が家に寄ってくれた。

テラスのイスで蚊取り線香をお供に、二人で雑談。小一時間話すと夫の姿が見えたので、友は帰宅した。

 

長く住んでいると、子どもを通して知り合いができる。たまに出会う知り合いは、『はて、どの子どもの同級生の親か』と頭を巡らす。

5歳を頭に4人の子に恵まれたので、わかりにくくなってきた。

 

否応なく歳を感じる。

悪い気はしない。

今の自分は小学生くらいの知能になって来たのかもしれないとさえ思う。子育てと逆のカーブを人生になぞらえる。

 

↓ 今朝の夫はそうめん

 

↓ 日テレのバンキシャ!の取材

 

昨日、農園に、桝太一アナたちが取材に来た。

 

7/12㈰18時~日テレで放映されるそう。

私はもう活動からリタイアしたけれど、桝太一さんならと観に行った😅

 

テレビから伺われる通りの印象で、あらためてお人柄がいいなと思った。

 

スカイツリーが墨田区に来る、という報道があってから区役所の肝いりで、向島地区のテコ入れということで始まった町おこしが、曲折を経て地元七福神のひとつ多聞寺が、農園にするなら、と、土地を無償で貸して下さり、維新まで江戸城のお前栽畑として寺島なすを栽培していたのを復活させた。

 

余談だが、墨田区は本所区と向島区が戦後まもなく合併してできた。

江東区も深川区と城東区が合併、新宿区も四谷区牛込区淀橋区が合併してできたそうだ。

大田区は郡部の大森区蒲田区の合併だそうだ。

 

地域の3つの小学校や保育園などでも栽培が広がっている。

 

種はつくばの研究所で見つかった。

皆さまよろしかったら7/12の日テレバンキシャ!をご覧ください。

 

↓ 我が家の寺島なす(鉢植え)

 

 

ミスチルとミセスグリーンアップルがどうもごちゃ混ぜになる。

大学生になった孫が、

「ミセスグリーンアップルのチケットを4月から何回も申し込んでも外れる。

1枚2万円で8万枚も売り出すのに当たらない」

「ミスチルってまだそんなに人気があるの?」

「違う、ミセスグリーンアップル!」

「?!えっ、男でしょ?」

「最初は女性も入っていたけれど今は抜けて、男性ばかり」

「8万席ってどこでやるの?」

「ドームとか、あちこちよ」

「そういう時は諦めなさい」

「やぁねぇ、お婆ちゃんは夢は諦めないのっていってたじゃない」

「縁がないのよ」

「でも見たいの。だから配信で見ようと思ったら5000円かかるのよ。なにか私に仕事なぁい?」

「あなたアルバイトしてるでしょ?お父さんはお小遣いくれないの?」

「大学生になったらくれなくなった。

お母さんがお弁当は作ってくれる、妹もいるし。」

「お母さんはフルタイムよ。私は学生時代自分でお昼に簡単なサンドイッチ作って持って行ったわ。お婆ちゃんは子どもに少しだったけれど小遣いあげていたわよ、周りの友達に相談した相場の金額。大変だったけれど、。お父さんに言いなさい」

「・・・・・」

「返すの大変だから奨学金は申請しないで、私もパートで働いたし。」

「うーん、配信だけで5000円もかかるのよ。見たいの」

「自分で工夫しなさい。道は開かれているから」

 

いま朝ドラのテーマソングはミセスグリーンアップルが作っている。

けれど、私は画面を見ているのにミスターチルドレンにインプットしてしまう。

 

息子娘はミスチルが好きで下の子たちは尾崎豊が好きだった。

深夜、校舎の窓ガラスを割った歌詞を、私に聞かせるように傍でがなったのは次男か、。

尾崎の歌は反抗的で子どもに聴かせたくない、という良家の友だちもいたが、家の子は歌っていた。

 

子どもたちに鍛えられ教えられてここまで来た。

社会的義務は終わった。

アタマは弛んできたし、医者通いしながら、ほどほどで空へ行こう、と夫婦で話している。

 

↓ 風呂場で水栽培で緑を増やしている

 

 

 

トイレへいくので目覚めたら丑三つ時。

さっそくラジオをつけると、まさにサッカー、対ブラジル戦が始まる時。

 

前半で1点ゴールを決めると、安心して寝てしまった。

 

次に目覚めたのは明け六つ頃。

外はすっかり明るい。

つけっぱなしのラジオで、2対1で日本の負けを聞いた。夫は目覚めていた。

 

清々しい選手たちの言葉を、朝の羽鳥ワイドニュースで確認して、前向きな心持に拍手👏👏👏。

若い人は少しずつ成長して前へ進む。

 

そしてきょう朝日朝刊の1面に↓こんな記事が。

 

中曽根弘文議員は永田町でこの発言を釈明している。

釈明すべきはまず天皇家と、私たち国民にではないか?

 

自民党は権力を維持するために天皇家を利用しようとするのか。

 

なにより天皇家は生身の人たちで構成されている。その中で国民と共に歩もうと、想像できない不自由さに耐えておられると思う。

 

この人の子息・中曽根康孝氏も、2,3年前か党の懇親会に露出度の高いダンサーを招いて発覚し、自民の青年局長代理を辞任した実績がある。。

 

父親を越えるのは難しいとは聞くが、中曽根家の続く世襲議員の劣化ぶり。

自民党は世襲が3割超え。

 

このまま行けば失なわれた30年は40年50年になる。新しい若い芽を、次世代に繋げたい。

再生の道やチーム未来。小川淳也が共同代表の中道連合もありかも。。

 

中曽根家を支える群馬の人々は、どういう基準で選挙にむかうのだろう、、。

 

世襲の多い自民は、自分たちの家も差別化しようと、女性天皇を排除するのかしらん。

国民は領民ではないけれど、私たちの意識が問われている。

 

福沢諭吉は明治の時代に

「天は人の上に人をつくらず人の下に人をつくらず」と、明快に言語化し、支持され、日本は発展したのではなかったかしらん。

 

家元制度が残る日本の各分野も、女性が継いでいるのに。

サッカー日本代表・決勝へ!

朝8時からダラスでの対スエーデン試合を見た。

引き分けだが決勝進出が決まりホッ。

 

1980年代半ば頃、地域に少年サッカークラブができることになり、世話役のひとりとして、お母さん方と加わった。丁度小3、小1の二三男がボールを蹴っていた。

 

平日の夕方と土日の練習の付き添いから始まり、合宿にも同行したのは思い出深い。

お父さんたちも汗だくですごかった。

 

息子たちは中高でもサッカークラブ。二男は中学時代墨田区の新人賞もいただいた。

社会人になって日韓ワールド大会で韓国まで応援にも行った。

 

三男は今、中学の孫のサッカークラブの指導も手伝っている。

長男はアメリカで少年野球を経験したが、サッカーも好き。いや男性一般のようにスポーツ観戦が好きなのだろう。

 

テレビを観戦していると夫は静かで、私はつい声が出る。

相撲の観戦は夫が声を出し、私は無言。

サッカーは動きが速くて目が付いていけない、と夫は言う。私も同じだが力が入る。

「イケェ~~~」と、こぶしを握ってしまう。

声を出して応援するのは気持ちがいい。

 

きょう日本側のスタッフに往年の選手、名波を見た。休み時間に選手を鼓舞していた。

井原など往年の選手は今どうしているのだろう。カズは未だ現役で、たまにゴン中山をテレビで見かけるぐらい。

 

↓ 庭のイチジクでジャム作り

 

先日のチュニジア戦の時は、試合に熱中してジャムを焦がしてしまった。1キロものジャムを煮ていたのに、、。

堅くて食べにくい。パンにでも入れてみよう。

写真もピンボケ↓