字についての投稿ネタがあったから

普段から思うことを書いてみる






書道って、とっかかりは「字を綺麗に書きたい」という欲求から始めることが多いんだけども…




普段書道やってる身でこんなこと言うのは不埒かもしれないが、、



フォントが統一されていて読みやすければ、どんな書体であっても「その人らしい字」ということで直そうとしなくてもいいんじゃないか


(今やってる大河ドラマでも、「道長フォント」って言われて書道指導の先生や共演者にそのまま認知されてる字もあるし

そうなると、もはや字を見ただけでその人と認識されるある意味立派なシグネチャー書体だよ)






「綺麗な字」ってどんな字のこと?


「綺麗」って、何をもって綺麗とする?


「綺麗」に絶対的な基準てないしな


時代によって「綺麗・美」の基準は変化するから非常に流動的なんだよ



でもまあ一般的には

明朝体か、いわゆる楷書みたいな字



ギッチギチな楷書で書かれた文てさ、読んでるとなんか窮屈で、体に力が入ってしまうのよね


だって、よくよく眺めると一画、一画に一定に力を入れて書くから一文字からものすごい圧を感じてしまって、気がつくと息が詰まって肩が凝る


楷書が好き、っていう先輩が昔居たけど、

正直(ホントかよ💧)と、うへえ🤮となった




それでも半紙に練習で書くけども、角度や位置やら、間の開け方やら払いの向き、太さ…もういちいち細かい気をつけポイントがあって何度やってても全く面白くない

どこが楽しいんやろ



それよっか、楷書よりも先にできた草書・行書体の方がまだ線に氣の流れ、勢いがあるから書いてても自然と体が動きの波に乗れるし、筆致に納得する


字の線に揺らぎがあっても、それはそれで偶然の美になっていったりするから面白い



かなり前に書いた記事に、私が書道に初めて自由さ、面白さを感じたきっかけになった古典の話があるが(それに出会わなければ、書道って細かい決まり事や型をただ守ってなぞるだけを延々するだけのものならこの先あまり裾野が拡がる余地はないかな、なんて思ってた)


だけどその書、自叙帖を書いた懐素という書家の字を見たらそのロックな感じに、一気に面白くなったし、それを良しとした書道の底知れぬ懐深さに痺れた

その破天荒な躍動感にワクワクしたんだ


私もこんな感じの、誰とも違う字を書きたいって思った

その自由さが嬉しくてその場で大笑いした






そこから何年かして、もともとやりたかったかな書の方に舵を切った




先生からは相変わらず

「細い!細すぎる。線にコントラストつけ過ぎないように」と言われるけど


線の細さのコントラストに美を感じるから

どうしてもなってしまう





かな書としての正道ではないかもしれないけど


この字の癖は直したくないんだ





 

 

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