〇広島77回目の「原爆の日」 平和の祈り包まれ 

核の実態世界へ 

 

広島は6日、原爆投下から77回目の「原爆の日」を迎え、鎮魂と平和の祈りに包まれた。

 主要7カ国首脳会議(G7サミット)の広島開催が23年に決定。


 この日、広島市で開かれた平和記念式典では被爆者や遺族、市民らが惨禍の記憶の継承と核廃絶への誓いを新たにした。

 

 

2500基の灯籠。

「平和」や「核のない世界を」などと記された灯籠が水面を照らしながらゆっくりと流れていく様子を、多くの人が川沿いから見守った。

 

 

 

〇天皇ご一家が黙とう  上皇ご夫妻も―広島原爆の日

 

天皇、皇后両陛下と長女愛子さまが、広島原爆の日に合わせて皇居・御所で黙とうされた。

上皇ご夫妻も仙洞御所(東京都港区)で、平和記念式典を見ながら黙とうした。

 

 

 

 

 

 

〇古きは終わり続け、新たな時代へ

 

 

祈る想いの人、祈り心の人が増えると

本来の光に近づくので、人類の波動は高くなってゆきます

 

天の光から生まれてきたその本質が

出やすくなるからです

 

祈りの光が増えると

災害も小難で済んだり、亡くなった人も引き上げられやすくなります

 

 

地球の波動は、令和になりますます高くなって

そのお陰で、統一教会など、政治にあった問題もあぶり出てきました

 

そうしてだんだんと様々なことが片付いてゆきます

いろんな形で出ては消えてゆき

一段、綺麗になって光が通りやすくなります

 

 

ここ数年の安倍元総理は

霊的に黒い甲冑を着ているような姿で

 

これは、メディアや警察や、宗教や祈祷など

いろいろなもので自分を守っていたからなのでしょう

 

災害があったりして日本で祈る人が増えるたびに

波動が高くなる日本から振り落とされそうな様子が見られて

 

統一教会のことなどが明るみになるのは

運命的に避けられなかったように見えます

 

また、生きてるうちに発覚した方がもっと良いのですが

ちゃんと明るみになって改めらるほど

魂を清めたり、反省したり、やり直す機会を得られたりします

 

 

アメリカ、特にトランプさんや共和党も、統一教会と繋がりがありますから

まだ揉めるかもわかりませんが

 

世の中で何が出てこようとも光の方が大きいですから終わってゆきます

光をベースに人類があります

 

祈りの光は

諸々を清め、軌道修正させてゆきながら

自分と、日本と人類の光の時代を切り開いてゆきます

 

 

 

 

 

 

〇大きな光

 

 

アトランティス時代の人類は

意識の波動のコントロールに集中していて

 

例えば、病気にならない意識や、災害が起きない意識を

波動の技術で増幅して

社会をコントロールしていました

 

なのでどちらかというと

「意識しちゃいけない」というやり方で

 

いざ病気になった人たちや、苦難や災害にあった人たちを

無視しがちな社会でもありました

 

そして、波動の技術で災害を抑えて栄華を築いていたものの

大災害で滅んでしまいます

 

人間の意識の限界でした

 

 

そして今回の人類には

仏陀が誕生して

空になり、すべての因縁因果を超えてゆけることを示し

500人以上の覚者を誕生させます

 

さらに、イエスが誕生し

その方法を

祈りや愛で達成できることを示してゆきます

 

仏陀もイエスも

本当の光であるために

苦難や災害にあった人に寄り添って

なお一層、愛の光を輝かせていました

 

そして、次は

悟りを体験し学んだ仏陀の弟子たちが

またいろんな時代や場所に転生し

祈りや愛の行いを示してゆきます

 

現在は

上皇、天皇陛下が、深い祈りの光で

被災地や被爆地、さまざまな苦難のある人に寄り添って見本になっています

 

 

本当の大きな光は

日常の諸々があっても関係なく

光が通ってゆきます

 

なので

家庭や仕事や子どものことを気にかけながらでも

感染対策に気をつけながらでも

何かを抱えていたとしても

 

愛の光、祈りの光は

そのまま通って

すべてを清め、軌道修正してゆきます



人類は、自分たちの元の光、大きな光

愛の心、祈りの心を信じる時代に入っています

 

 

今、祭りも海外への旅行者も増えて

新型コロナの感染拡大で

首都圏と大阪、沖縄を中心に

救急車がなかなか来なかったり、医療を受けられなかったりしています

 

 

陰謀論の影響で

コロナはただの風邪と思ってマスクを拒否して

身内や今までの仲間と疎遠になり

 

新しいノーマスクなどの仲間と出会ったものの

感染してしまい苦しんで

新たな仲間とも疎遠になり孤立してしまっている人も増えています

 

こういった方や、感染に苦しむ方は今年、多くなるかもしれませんが

 

社会全体に本当の光が

想い合うこと、優しさと癒しが

より広がればと思います


祈りに生きながら

自分のやれることをしてゆきましょう


 

 

 

 

 

〇光の言霊

 

 

出口王仁三郎

「神の御心のままに 祈りは神との和合」

 

 

宇宙は

「世界が平和でありますように」

「生きとし生けるものが、幸せでありますように」

という光の響き、光の働きに満ち満ちています

 

 

人間をコップに例えると

イエスや仏陀は、コップが空でクリアな為に

天の光がそのまま溢れてゆきます

 

天の本来の姿

天の知恵、天の行動がどんどん自然に出てきます

 

逆に、コップにいろいろな自我の想い、雑念が溢れているほど光は通りません

 

 

瞑想では、多くの人が空に成りきれなかったり

途中で変なものに引っかかって

変な教祖になったり交霊してしまったりする場合もあります

 

また、思考・念力で自我の想いを叶えてゆく方法も

最初はトントン拍子にゆきやすいですが、それはいつか返す借金に過ぎずコップも曇りやすい

 

 

祈りは

コップを、宇宙の光の響きで満たしていってクリアに空になってゆくので

着実で、雑念があってもイメージできなくても関係なく

仕事や生活しながらでも出来ます

口に出さず、思っていても祈りとなります

 

コップをただ空にするのは難しいですが

光を入れてゆくのはより簡単です

 

 

 

昔、仏陀は数百人の覚者を誕生させます

 

弟子達は説法を聞き、瞑想もしましたが

「キリストの御名」と同じように

釈迦や阿弥陀の名を唱えて引き上がってゆき、そこから瞑想も効果的になり悟ってゆきます

コップを光の響きで満たしてゆきます

 

仏陀が地上を去り、しばらくすると

出家して、その教えや修行に殉じても

多くの人が悟れない時代に入ります

 

そこで

過去に仏陀の元で悟った経験のある弟子達が生まれ変わって

大乗仏教を盛んにしてゆきます

 

悟れなくても

出家しなくても

世で揉まれる民衆も

空に、光に生きれるよう深められてゆきます

 

完全にイメージできないといけない

雑念が一切あっちゃいけないという想いが邪魔になっていたことが分かってゆきます

 

 

苦しい人、迷える人ほど

雑念がありイメージできないから祈りは効果ないということはありません

天の響きに触れて、諸々を消して空に光になる為の祈りであり

 

むしろ

今、何か抱えている人の方が、真剣に祈ったりします

そうやって雑念もそのうちに消えて

天のイメージが顕れてゆきます

 

その後、その元仏陀の弟子達は

仏陀やイエスと共に

世界中の祈りの響きに働いています

 

 

南無阿弥陀

南無妙法蓮華経という念仏があり

 

美輪明宏さんのようにずいぶん磨いてきた人なら強い信仰で唱えるだけで光となりますが

だいぶ長く使われてきた言葉なので

唱えて

中にはこじれてゆく人や宗教もあります

 

そこの人々に良い信仰があるかが大切になってきます

 

それらが合わない場合は

「世界が平和でありますように」

「生きとし生けるものが、幸せでありますように」と

愛と慈しみある言霊をそのまま

力まず弛みなく祈ってゆきましょう

 

天の響きを世界中に届けながら

自分の器、人生も光になってゆきます

 

 

人は

宇宙大光明の世界から分けられた永遠の命

天から生まれ

天に見守られて生きています

 

「いつもありがとうございます」

としているほど

その宇宙本来の光が顕れてきます

 

「天命がまっとうされますように」

「愛深く成さしめ給え」「人類社会の役に立てますように」

としているほど、それに合う光の運命につくり変えてくれます

 

 

 

 

 

○得をしたから感謝する
病気が治ったから感謝する
儲かったから感謝する

これは普通ですが

どんなことがあっても

「守護霊さま守護神さま、ありがとうございます」

としていると

 

本当に、どんなことがあっても何とかなっていったり

お陰様でという人生になってゆきます

 

ついつい不満をいってしまってもいいから

感謝を習慣にしてしまうと

そちらの大きい光の働きの方が

だんだんメインになってゆきます

 


生かそう、光に導こう、恵みを与えよう、みんな諸々から解放されますようにと

そういう祈り心も大きくなったり

自然に自然に、そのような働きになっていったりします



いつもいつも働いてくれている光にに日々、感謝する人々は
その通り、光・御仏に包まれたようになってゆきます

天に生きている人です
天の光がそのまま顕れたようになってゆきます

大難が小難に、小難が無難になってゆきます