太に取って、あまりにも図星の指摘だったのであろう。先生を語り、人に対して「先生の弟子ではない」と罵りながら、当の本人は、最も先生の弟子とは程遠い位置にいたのだ。
それは、太自身が一番良く分かっていた。だから咄嗟に後輩を殴ってしまったのだろう。
私は、後輩の治療を皆に任せて、太と二人きりになるため部室を出た。
今、ここで語っておかなければ取り返しのつかないことになる。そんな思いに駆られながら彼と対峙した。私の真剣さが伝わったのだろう。彼は私と目を合わせることはなかった。
うつむきながら彼は、声を絞るように呟いた。
「何も話すことはない。お前に俺の気持ちがわかるものか」
「いや違う...わ、分かるよな。俺の方が正しいって、お前は分かってくれるよな。あいつは、前から気に入らなかっ...いや、あいつは先生の思想が分かってないんだよ。俺は、あいつの為を思って殴ってやったんだ」
本人も何を話しているのか理解していなかったように見えた。支離滅裂な言葉を、時には叫び、時には哀願を求めるように話し続けた。
ひとしきり話を聞き終わってから、私は口を開いた。
「一緒に題目をあげよう」
この時の私には、これ以上語ることができなかった。いや、語るべきことは、いくらでもあっただろう。しかし、今の彼に語ったところで、まったく無意味であるように思えた。
一緒に近くの会館に行き、題目を唱えた。
心ゆくまで題目を唱えた後、振り返るといつもの彼の笑顔が戻っていた。と思えた。
翌日から彼は、部室に姿を現さなかった。大学4年では、研究室が別々になっていたこともあり、その後、大学で顔を合わすことは無かった。
まだ携帯電話も無い時代である。自宅に電話しても取り次いでもらえず、あっという間に月日が過ぎていった。
そして、卒業となり、いつしか彼の事を忘れ去っていた。