じんさんカッコよかったー!!


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金曜の夜、浅草公会堂。
もう4回寝た。
まだまだ私、ずっと大丈夫なまま。


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みんながショッカーになったら?…こんないい世の中ないんです、とじんさん。


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んー、のポーズ。何の話の時だっけ?

たくさんのお話、魔法の言葉、歌。

「幸せっていうのは、この地べたみたいなものと思っといて」という言葉、腑に落ちた。

その時にじんさんが触った浅草公会堂の床。

今、写真を見ても2階の私の席から見えるわけもないのだけれど。

あの時、傷だらけの床がありありと見えた気がした。

家でいうなら、洗ってもコロコロしても、すぐ何かこぼれたり汚れたりのカーペットだ。

この話とリンクする魔法の言葉は、

「幸せだと何も嫌なこと起きないと思ってた」

記憶で書いてるけど、こんな言葉。


そして、私が泣いた魔法の言葉は、

「気づかなくてごめんね」だった。

へー、そうなんだ。

自分のことってわからない。

たくさんヒントをいただいた。


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歌でも泣いた。
あれから毎日聴いてる。
聴けるのは心屋書道部のまちゃなのおかげ、ありがとう。


昨年から、思うところあって一人でお出かけしてきたけれど、母や義母に子どもを頼んだりご飯どきは外したり、お金のかからない集まりだったり。

何かしら言い訳ができる外出だった。

今回初めて、お金(でも5400円は激安)も時間もかけ、夕食も子どもも夫に丸投げしての外出。

やってみないとわからない。

どこにも「私だって〇〇してる」の余地がない「ありがとう」が出た。 

スッキリ。

負けるっていいね。

男の人って優しい。

じんさんも優しいけど、うちの夫も優しい。

昨日ぐらいに「私、もっと綺麗になりたい。お金かけたらもう少し綺麗になれるかも」って何のフィルターもかけないで夫にポロッと言った。

夫、お金かけてもいいって。

嬉しい。

早速ネットで割引してない着たい服を注文した。

たくさん同時進行で、嫌なこともあるんだけれど、まあいっか。

うちの生活感が丸出しのカーペット見るたびに「幸せ幸せ」って感じてます。

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◆面倒くさい人に思うこと |いかり屋 圭子の◇ワタシらしく生きる心理学◇いかりん 心屋流
/ikarin55/entry-12109777792.html

いかりんの書いた、面倒な人に関する文章が読みたくなった。

たくさん名文がありますが、今日はこちらを↑

ここに出てくる「どうしようもなく面倒くさい人」が夫そのもの。

こんなにシンプルに書かれてあると、なんだ単純なことだったのかって思える。

わりとよくある話だったのか、と。



そして、私はボールに反応しまくり。

どんな球も打ち返したり、「そんなボール投げないでよ!!」って怒り出したり。



私もまた面倒くさい人。

夫とは違うタイプの面倒くささ。

そんな球、投げたらいけないんだよ、と取り締まる。

どうしてそんな球投げるようになったか、分析する。



評論家?

ほっとけばいいのにさ。

ほっとけば、夫が勝手にうまいことやっただろうにさ。

「心屋で人を裁かないで」という言葉も思い出した。



ボールに反応し続けるから、いくらでも面倒な球が来たんだなぁ。

我ながら、ど根性すぎて、苦笑  (;^_^A

ちょーウケるんですけど!!



夫にわざわざ優しくしようするのも、やーめた。

昨日トライしてみて、まだできなかった。

過去のケンカは私が「やらせた」という側面に気づき、転じて「私のせい?」になってきて、夫に優しくしなきゃと思った。

危ない危ない。

私、充分かなり、よくやってきたよ。

反応しすぎではあったけど、方向性はちょっと見当はずれだったけど、まあがんばった。

まず、私が私を認めよう。




一方で、優しくしたい気持ちは時間が経てば湧いてきそう。

いつも泉のようにあふれてくる。

自分でも不思議なほどに。  

次に優しくしたくなっても、夫からの面倒な球への反応に使ってしまうと、また元の木阿弥になるんだ。

反応しないことこそ、すごく深い優しさだ。



真っ白な気持ちで会おうといつも思っています。

byいかりん



私もチャレンジしよう。





ラジオで亡くなられた蜷川幸雄さんの過去のインタビューを放送していた。


インタビューでは「灰皿投げ」についても語られていた。


カッとするんですか?って聞かれて、穏やかに認めてた。
あれは当たらないようにコントロールしてるって。元野球部なんだって。
今まで、投げたものは他にもハンバーガー、椅子など。
理不尽なようだけど、理由があり、役者が声がつぶれるからと本番前に本気で声を出さなかったりする時なんだって。


すごくわかる。
コントロールって部分。
カッとしてるけどコントロールもしてきた、私も夫も。
灰皿はリスクが少ない。
うちの場合、素手でのつかみ合い。
痛みが残るのがよくない。
コントロールするなら、もっとうまくしないと。
バカだった。
痛みがあるために、みじめになったり自己嫌悪に陥ったり、サッパリできなくなる。直後は、手加減したしお互いさまだし、まあいいと思っても体が痛むものだからそうもいかなくなる。


このところ過去のケンカを思い出していたので、きのうは夫に気持ちを話した。


本当に嫌だったよ
どうせ自分なんて、って思ったからだよね
私からしちゃった時もそうだったよ
自分はそこまで素晴らしくないから、このぐらいしても同じって気持ちあったよ
自分がそんなことしなくてもいられるって信じてよ 
(私の態度が気に障り夫の手が出がちだったから)私の態度がどうであろうと、あなたの価値は変わらないから堂々としてほしい


夫はだまって聞いていた。


それからこんな言葉も自然と言っていた。


手加減してくれてありがとう
殺さないでくれてありがとう
またもしあっても、絶対にちょっと痛いぐらいで済むのわかってるよ 
そこは信じてる
またいくらでもやったらいいよ  
でももう、私からはやらないと思う
私はもう、自分大好きでいくから


またあったら嫌なんだけど、言ってた。


手が出るケンカ。 
人様には言えないけど、夫とはこれまでも話題にしてきた。
長女にも、私たち夫婦のことであり決して長女のせいじゃないと話している。嫌な思いさせたことは変わらないけど。これは、親の夫婦げんかを自分のせいと感じた経験を教えてくれた友人のおかげでできたこと。


タブーにせず話題にできるのはいいことだと思っていたけれど、その実、話題にしては夫を責めていた。むしろ責める格好の機会になっていた。十二分に気がすむまでなじれたから、よかったのか。


とにかく頭ごなしにそれこそ暴力的に、私は
暴力を嫌っていた。このことこそが、繰り返してしまうしくみであるらしい。   半信半疑、でも信じる方に傾いている。


自分なりの魔法の言葉(2つ前のブログに書いた)の手ごたえはあり。今日もつぶやいた。


今回、女だろうが何だろうが、私もやった側として話ができたのが進歩。夫が腕力に任せていたらまた違うけれど、うちは同程度の力加減でやりあっていたので、ほんとは両成敗だった。 



さて、このあとは、サッパリ夫に優しくしたい。

夫が優しくされたがってることわかってるのに、
いつも「私も大変なの」ってやっていたから。


「私も大変」な状況をどんどん減らそう。


光も陰もあって当たり前。


蜷川幸雄さんが、灰皿投げの言い訳をしていたら、カッコよさも減っていたかも。お話しぶりが自分を大きくも小さくもみせないで、ただ転がしている感じで、素敵でした。


同じ土俵の話ではないけれど、自分が楽になるために参考にした。


私も「手が出るケンカ、したことあるよ」って言えたらいい。言わないにしても、気持ちはそうありたい。