私が今までに泣いた魔法の言葉は2つ。

「私だけをずっと見て」

(昨年11月の子育て座談会の質問コーナーで、さつきちさん。すごかった)


「気づかなくてごめんね」

(先月、浅草公会堂の仁さん講演会にて)


私は流れ弾で気づくタイプだ。
その他大勢でいるのが大好き。


それなのに、泣いた言葉は

「私だけをずっと見て」
「気づかなくてごめんね」

!!!


ほんと逆やでー、で驚く。

多分、あいつのせい。

普段、あいつなんて呼んでない、生まれた時からずっと仲のいい兄。

私と兄はふたご。
兄はもう、めっちゃ泣き虫。

私まで泣いたらお母さんが大変だから、4歳ぐらいから(もっと前から?)泣くのを我慢した。

幼稚園は、母が他の子とも遊べるようにと別の組にしてもらってた。

お迎えの時、私の方が先に母の元に行ってると兄はお庭にひっくり返って泥だらけになって泣いた。

意味わかんない。

なんでそんなに悲しいの?

どっちが先でも一緒に帰るのに。


いっぱい泣いてすっきりするのか、兄はやけに大きな声で挨拶ができて、近所のおばさんの受けがよかった。

私に聞こえよがしに、◯ちゃん(兄)いつも挨拶してくれるって母に言うおばさんもいた。
今なら言える。
あんなおばさん、どうでもいい、嫌い!

私は挨拶しても小さい声しか出なかった。
私も挨拶してたよー!!


だから、もし自分が母になったら、私みたいにおとなしい子どもの気持ちをくむようなお母さんになりたかった。

でも、娘ふたり、どっちも天真爛漫。
上の子は、小さいとき友だち押しのけてた。
きのう下の子は、お店の床にひっくり返った。
やれやれ。

こんなことなら、私も小さい時にいっぱい泣いてお母さんを困らせればよかった。

だって私、ひっくり返られても平気だし。
その時はもちろん困るけど、かわいい。

いつも、自分は、置いといてたな。


   →この経験を大人になったら生かそう

自分→自分よりお母さんがかわいそう


こんな変換をしていた。
頼まれもしないのに。

結局、中学ぐらいから大人になるまで(去年まで !)母にはわだかまりがあった。

母に思いの丈を言えたのは、夫とのいろいろがあり心屋のことを知り、「バンジー飛ぼう」と思ったから。夫の存在に感謝。

あいつのせいって書き出して、兄への文句を引っぱりだしてみようとしたけど、そこまで出てこない。悪気がないのは知ってるからね。

今、仕事は大変そうだけど、家族と仲良くしてて、それはちょっとずるいなと思う。

だって、母の猛威に耐えたことが、真逆の表れ方になってるから。

兄の手がかかる時代が過ぎると、母は母なりに男女の区別も上下もなく、私たちを育てようとした。夕飯の前などは兄と一緒に手伝った。手伝わないと怒られた。一緒にがんばった。

兄は多分、あの頃の手伝いが身に染みて、奥さんをかいがいしく手伝ってる。

私はといえば、夫と兄が重なってしまうようで、夕食のときの運ぶ作業ぐらい「一緒にやろうよ」と思う。

男の子と一緒に育たなかったら、夫が家で何にもしないところがそんなに気にならなかったのかも。

悪気なくのんびりしている夫を責めたことがずいぶんあった。

同じ経験なのに兄はプラスに、私はマイナスに。
ちょっとじゃなくて、けっこうずるい!!
やだなー、損してるなー。
損してもいいって、まだ思えない。

でも、いいこともある。

ふたごの兄といつも一緒だったから、男の人
ってものが怖くない。優しいとしか思えない。

夫とはおたがい嫌なところ見せあったけど、それでもぜんぜん大丈夫。私も許すし、夫も許してくれると思える。兄ともケンカしたからね。

夫に対しての怒りも、ほんとはもっと優しいでしょう、って言いたくて出てきているように思う。

はじめに戻って、

「私だけをずっと見て」
「気づかなくてごめんね」

をどうしよう?

夫にやってもらえればいいのかな。
さつきちさんのお話、思い出した。

子育て座談会で、さつきちさんが、お母さんにしてもらえなかったことを旦那さんにしてもらえればいいんだよ、ってお話をされてた。

私の場合は、夫に私だけをずっと見てもらって、私の本当の気持ちに気づいてもらえればいいんだね。夫は気づかないタイプだから、言わないとね。


7ヶ月前は、「それができる人はいいな。うちはそんなの無理」と絵空事のように聞いてた。

今は、やろうと思えばできるかも、って思える。

力が入って「やってよ」にならないように、
ゆっくりのんびりいこう。



お義父さんに対して出てきた、
「甘くしないようにしたい」

せっかく
お義父さんのこと許せそうな気持ちが
湧いてきたのに、
ブレーキをかけていた。 

甘くしたら、また失敗する
先回りして不安になってるんだ。

たしかに結婚生活では
夫に甘くして失敗ばかりだった。

でも、最近の私は夫には
言い過ぎぐらいに
言えるようになった。

言えるようになった私なら、
大丈夫かも。

不安な気持ちを具体的に表すと、
 
私が通常モードに戻って話をしたら、
またお義父さんのペースになって
夫に電話を代わられて
夫が怒られて
夫にも余計なことしないでって
言われそう。

こんな感じ。

そう、これはただの「不安の妄想」


こんな時こそぐりちゃん(いがぐりこさん)のブログで読んだ
あのお言葉。→


起こってほしいことは
何ねっ?? 


私の「起こってほしいこと」

お義父さんと話して
不器用ながら
お義父さんのやり方で夫のこと
愛してくれてたんだなぁ、と知ること。

これをもう電話が終わったつもりで、
イメージするのがコツ。

お義父さんに
どう話したらいいかわからなかったけど
話し始めたら、
自然と話が広がったな。

この前の電話のことも、
怒ってなくてよかった。

夫の小さかった頃のエピソードなら、
聞いたことたくさんあったから、
夫のこと、かわいかったに決まってる。
でも、あらためて聞けてよかったなぁ。

お義父さんから聞いたこと
夫にも伝えたら、嬉しそうだったな。

いいことなら何度聞いてもいいよね。

夫の実家のみんなが言う
「お義父さんは話が通じない人」
っていうのも、
近すぎて見えなくなってる
思い込みだったのかも。

あー、電話してよかった。
勇気出してよかったなぁ。



   ☆☆☆


こんな感じで、
「起こってほしいことは何ねっ」
を思い出して、
時間的にも内容的にも
不安な妄想の先を行く妄想をすると、
かなり大丈夫になる。


でも、それでも
がっかりする展開になったら?

その時は周りに頼ろうと思う。
夫、義母、義弟、両親、
みんなが助けてくれるだろう。

ひとりで何とかしようとするから、
力が入ってた。
失敗を避けなくては、
それには甘くしてはいけないんだって。

でも、待って。
私の甘いところは短所でもあるけど、
長所でもある。

子どもにもすぐ怒って、すぐ許す。
子どもたち、
こんな母で迷惑でもあり、
助かってもいることと思う(多分)

夫に甘くして
うまくいかなったのは、
自分をないがしろにしたから。

夫側の事情もあった。

今度は
自分を生かしたままで
湧いてくる気持ちを伝え、
お義父さんに
優しくしたかったら、そうしよう。
そうしてみて、困ったらみんなに頼ろう。

ドキドキする。
こわくもあり、楽しみでもある。


  ☆☆☆


と、ここまで書いた全部、
頼まれてもいないのに
勝手にやろうとしてるんだよね。

悩みの夫婦げんかがないからこそで、
嬉しい。

私、夫もだけど
夫の実家のひとたちのこと
好きなんだよね。

でも
自分がボロボロだったら
何にもできない。

毎日コツコツ
自分の気持ちを大事にしよう。




浅草で聞いたじんさんの歌。

〇〇してもいいよ、が続くところ。

「たまには怒鳴ってもいいよ」
のところの歌詞にアドリブが付いてた。

小さく短く、

「たたいてもいいよ」と。

     !!!


ありがとうー、じんさん。


子どもに怒ったり怒鳴ったりしている私。
そのことではあまり悩まない方だと思う。
何しろ自分はダメな母と悩むのが
ちゃうちゃう、なんだ。
私の子どもとしての実体験でも、
心屋的にもそうなってる。


それでも、私は怒鳴るのが
「たまに」よりは多いな、と
この歌を聞くたびに心が痛かった。


きっとじんさんに質問したら、
「いつも怒鳴っててもいいよ」って
言ってもらえるだろうことは
ブログや本からわかってた。

でも、実際に歌ってもらえるとありがたい。
楽になったよー。


「いつも怒鳴っててもいいよ」より
もっと強力な
「たたいてもいいよ」
もらっちゃった。


ありがとう、ありがとう!!
ありがとうございます!!!


子どもをたたきなさいよってことじゃない。
私はもちろん、だいたいの人にはわかると思う。

でも
「たたいてもいいよ」だけ取り出したら
そう思われかねない。 

「心屋仁之助は公の場で
   子どもをたたいてもいいよ
   と歌ってる」
これが実際の出来事。

じんさんは
誤解も批判も怖れていない。
すごい勇気。
かっこいいなー。

そして、私たち観客のこと
本当に信じてくれたのだと思った。


浅草の夜から約2週間経ち、
そういえば、
じんさんの「たたいてもいいよ」
はお義父さんにも言えるじゃない、
と気づいた。


「お義父さんは
    夫をたたいてもいいよ」


ぜんぜん、しっくりとはこない。

やっぱりたたかないでほしかった!!
あんなに繊細な人なのに。
褒めて伸びるタイプなのに。

でもまあ、めぐりめぐって、
夫が私と結婚して、
手が出る夫婦げんかになり、
そこまでにならないと
私は自分の生き方を見直せなかった。

母との関係がだいぶ楽になったことは
夫がもたらしてくれた
大きな大きなずっとなくならない
財産だなぁ。

そうなると夫に影響があったにちがいない
お義父さんのおかげもあるってことだ。

私、根がお人よしなのか
お義父さんと電話したことで
もうお義父さんのこと
許す方向に気持ちが傾いている。

でも、いい人ぶって
我慢しすぎて
許せないことも許して、
夫のこともダメダメにしてしまったのだし、
ここは慎重に。

「何でも許す」は
ただ自信がないだけ。

お義父さんとはまた話をして、
本当はどんな人か知りたいし、
甘くしないようにしたい。


追記。

最後の「甘くしないようにしたい」って初めに書いた時から違和感があった。

とっても力が入ってて、私、怖がってるなぁ。

また甘くして、ダメンズメーカーになるのが怖い。

このことは、また次に書いてみたい。