夫の実家の問題っぽいこと(同居のおばあちゃんの施設のこと考えなきゃ)は、いい方向へと向かっていった。

聞いたときは嫁として何かしなきゃと思った。

でも、心屋の「ほっとく」戦法が頭に浮かぶ。

あえて、
何もしない。

そもそも助けてって言われていない。

しばらくしてから、義母にメール。

義父と話ができて、施設のことは進展しなかったけれど、仕事と介護を抱える義母を今よりサポートしてくれることになったそうです。

よかったー!
それがいい。
ずっと「お義父さんはどうして仕事も介護もあまり手伝わないのだろう」と思ってたー。

何よりお義父さんと話せてよかった。

夫の実家は自営業。私たち夫婦からも夫が仕事を手伝いに行く提案をしてみた。

義母が大変なのは変わらないけれど、前進!

余計なことをしなくてよかった。

何もしないでいられたのは、アレのおかげ。

Podcastの「心屋仁之助のホントの自分を見つけるラジオ」。

もう大好き。

最近、次女が活発で、読むより聞く方が便利になり、よく聞いている。

イヤホンで聞きながら、家事も子どもの相手もできる。終われば勝手に次の回を再生してくれるのがいい。洗い物や洗濯物干しが楽しくなった。

仁さんがおっしゃっていた「カレー屋さんがなぜかはわからないけど一度作ったカレーを冷凍すると美味しくなるからそうしている」というお話が印象に残っていた。

なぜかはわからなくても、こうすればうまくいくという方法をやればうまくいく。

この話が思い出され、問題じゃないなんて思えなかったけれどそう思えばいいらしいので、何もしなかった。

本当に問題はそこじゃなかった

「施設のことを考える」よりも「お義母さんの負担を減らす」方が大事だった。

それをお義母さんが自分で言うのが大事だった。

実は、おばあちゃんは認知症だけど身体はいたって健康で幸い徘徊などはしません。  

まだ、施設に入らなくても大丈夫そう。

義母の気持ちの面が大変だったと思う。

そして、それは一番近くにいるお義父さんが助けられることだし、私たちよりもまずお義父さんにやってほしかったかもしれない。

私ならそう。

義母はよく義父への愚痴を言っていたけど、切り捨てる感じではなかった。

  どうせ無理
  また怒るに決まってる
  でもあきらめたくない 

そんな気持ちだったのだろうか。

義父と義母は仲良いときもちゃんとある。

2人が話す機会を奪わなくてすんでよかった。



  ***



ここから私の「何もしない」でいた感想。


けっこうしんどかった。

電話もメールもしない分考えて、私の中に義母を信じない気持ちがあったことに気づいた。

義母が義父を信じられないのとそっくり。

起こること全部自分、って本当だ。

信じていないから、私が何かしたかった。

  お義母さんはどうせお義父さんと話せないんだ
  またお義父さんはおとがめなしになる
  助けてって言ってくれないのも困るなぁ
  お義母さん、今のままだと病気にでもなっちゃう


で、
大丈夫だった。 

お義母さんはちゃんとお義父さんと話せた。

義母を信じられなかった奥には、つらそうな様子をもう見たくなかったことがある。

義母が好きだから。

それと、私が臆病だから。

自分や人がつらくなるのを避けたい。怖い。

避けられるわけもないのに。

これまでつらいことあっても大丈夫だったし、私以外の人もきっとそうなのに。

このことを良い・悪いじゃなく「私も怖がりだな」って認めると楽になる感じがした。

私が怖がってるだけなら変えていけそう。

義母のこと信じればいいだけ。

これまで義母とは何かあると(たいていうちの夫ことで困り、たまには義父のことで)電話で話し合ってた。

そして何も解決しなかった。


私は義母が二の足を踏みそうなことは提案しなかったし、義母も私が嫌がりそうなことは言わなかった。

これからは、話すことも変わってくるかな?

義母を信じていけそう。

そう思うとわくわくする。

きれいな義母はずっと憧れ。

それなのに、義母の周りに助けを求めないところを内心で批判していた。そのせいでうちの夫がダメになったと決めつけたこともある。

私が捨てたいと思ってる私自身の一部とそっくり
だから、嫌だったんだ。

ほんとはもっと助け合って仲良くしたい。

今回「何もしないぞ」ってやってみたけれど、もっと気楽に助けたい気持ちを優先してもよかったかもしれない。

相手を信じたうえで、出しゃばりすぎないで何かする道もありそう。

思いついたことはどんどんやっていこうと思う。


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この夏「私はもう幸せだったんだー」という気分の中で過ごせた。

悩んでいた夫婦げんかも、幸せの一部だとわかったような気がした。

夫とけんかはしても、あまり気にしなくなった。 


季節が変わって、ひとつ問題っぽいことが現れている。

夫の両親のこと。

夫の父方の祖母の介護に関して、ふたりの考えが合わないまま何年も経ってる。

ずっと在宅介護したい義父と先を見越して施設も決めておきたい義母。

施設の話は、お義父さんが怒るからできないとよく言っている義母。

義父不在の時に「そろそろ何とかしないと」という話になった。

お義父さんが怒ってもいいから、話せばいいのにな。



私、毎日夫に怒られては怒り返してる。

でもお義母さんの気持ちもわかる。

怒ることをいけないことだと私も信じこんでいたから。

私の場合は、心屋の考え方の助けを借りて、怒ってはいけないという思い込みを捨てた。

大きな声で夫に怒鳴り返す自分。

今思い返しても綺麗ではない。

でも、生きてるって感じはした。

自分が夫以上に暴君みたいに怒ったら、想像以上にすっきりした。

夫はほとんど変わっていないのに。

少し手伝ってくれるようになったけど、相変わらずすぐに怒る。

今は自分もばかみたいに怒った時期を経ているので、取り締まる気にならない。

とはいえムカムカした分はきっちり言い返す。



夫にとって「怒る」は、私にとっては「ため息」ぐらいの位置づけなのかもしれない。

夫は雨が降っただけで怒ってるし。

きっとお義父さんもそのタイプだと思う。

怒ってるように見えて、ため息レベル。

で、お義母さんは前の私と同じで「怒っちゃダメ」タイプ。

お義母さん、私より理性的で優等生タイプだから、「口汚く罵る」なんて絶対したくないんだろうな。

私が割とすんなりと「怒ってもいい」に変更できたのは本当に困っていたからもあるけど、母のおかげ。

母もしていたことだから、平気だったのだと思う。

がんばり屋で基本は優しい母が怒ると、それはそれはこわくて言葉も荒々しかった。

子どもの頃は嫌だったけど、そのおかげで助かった。

母に怒られたことが「思い出したくない過去」ではなく「宝物」だったなんてびっくり。

本気で「がまん強い私が母の落ち度を許してあげてる」なんて思っていたわ。

夫への不満もほぼなくなり、母のことまで好きになった。嬉しい。

「お母さんもやってたし」と思えることはどんなに楽なことかわからない。



義母にはそれがないんだろうな、多分。

簡単に「怒ればいいのに」とは言えないな。

私が怒ってあげようかな。

ダメダメなお義父さんのこと、もう嫌いじゃなくなってきたから、怒る気持ちが湧かない。

「ほっとく」だけでは物足りなくて、何かしたくなるけど、保留!!

これから、生乾きの洗濯物をコインランドリーで乾かして、その間にスーパーに行ってできれば次女の皮膚科にも行き、明日は運動会だから、ちらし寿司の具を煮る。


↓今日のおやつ。義母にもらった。
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夏休みが終わって、やっと通常モード。

紫外線のせいか目が疲れて
アメブロを開くのもほぼやめていた8月。

毎日毎日
2歳と11歳の娘たちの声が響いて
やることが次から次へと出てきて終わらず。
それでも、昼寝もしたりオリンピックも観て
楽しかった。

渦中に楽しかったかというとそうでもない。
   大変すぎる
  ひとりになりたい
  もう少し手伝ってよ
  わざわざ下の子が嫌がることしないの

でも今年の私は、
思ったことを溜めずにすぐ言ってた。
ひとりになりたかったら
ちょこっと出かけたりした。

なんとなくだけれど
私の怒る回数が減り
長女が子どもっぽくなり
次女はすくすく成長した夏だった。

夫はというと
ぜんぜん変わらない。
いかにもしんどそうにしてたり
子どものようにはしゃいでいたり。
私に世にも嫌なことを言ったりもした。

でも、なぜか前より平気。
この人はこういうコミュニケーションを
とる人なんだ、とやっとあきらめた。
嫌なことは伝えて
そうすると夫は謝るから
終わり。
終わり、になるまでが
少し長引くことはあった。

よかったことは
終わらせるのは
私なんだ、とわかったこと。
夫の発言を問題視してるのが
私だけだから。
始めたのが私なら
終わらせるのも私に決まってる。

前は
私が終わりにできなかった。
私が感じるのと同じか、
せめて似た観点で
反省してほしかった。

わからせようと必死だった。

だって
私がせっかく我慢できることはして
気持ちよく過ごそうとしてるのに。
全く何も我慢しない夫のこと
許せなかった。

でも夫が
テコでも動かないから
おかげでやっとわかってきた。

私も我慢しなくてよかったこと。

「ひとりになりたいから
   スーパーの後寄り道してくる」

それでも何にもとがめられなかった。

夫は
子どもの面倒を特にはみてくれないけど
一緒に留守番はしてくれる。
私が何をして大丈夫だった。
もともと大丈夫だった。

これから涼しくなることが嬉しい。
パラリンピックも楽しみ。
「勝手に我慢」をやめて 
楽しいことをいくらでもしたい。


夏の終わりといえば
森山直太朗の
「夏の終わり」が好き。
こんなことも最近はよく思い浮かぶ。


好きだった曲とかライブや旅行に行った話とか、
ひきこもりで青春がなかったらしい夫に
遠慮してあまり言ってこなかった。

それってとても失礼だった。
「あなたは心狭いから
    私の楽しい話は聞けないよね」
ってことだから。
見事にその通りになってきてたし。

何でも言いたいと思えてきた。