わたしのための心屋トライ&エラー日記 -21ページ目
今朝は起きがけにMeg.さんのブログ
”人の事変えようとしなくていいんだ!!”
を読みまして
こちら、あべちかさんのブログ↓も一気読み!!
それでそれで、
夫のお弁当は
失敗しなくて楽に作れて夫も好きな
「のり弁」の予定だったところを
「オムライス弁当」に変更しました〜!!
いつもなら
まず夫に聞いてみて
ほぼ必ず「えー」って軽く否定され
私の「やってみたーい」はしぼんで
のり弁にせよオムライス弁当にせよ
楽しく作れない、というコント?
をやっていました(〃ω〃)
Meg.さんのブログを読む前に
布団の中で
ハムも人参も玉ねぎもあるし
オムライスなら作れるなーって
思いついて検索していたんです
すごくキッチリとお弁当箱にオムライスを
詰めてる画像を見て
やってみたくなってたのに
習慣で「今日じゃなくてもいいか」
って打ち消してた
やってみたら楽しい楽しい(๑˃̵ᴗ˂̵)
ラップ→薄焼き卵→ケチャップライスの順番
おかずのすき間はあけて、成型
よし、ひっくり返せた!!
ラップをおそるおそる抜きとって…
あーよかった成功!!
おかずも詰めて出来あがり〜
ハートまで描いちゃった♡
あべちかさんはお仕事先のことを書かれたけど
うちは夫がフリーダム
夫が自由で私の気持ちをくまないから
何か提案しても夫の思いのままを言われる
どうせ「えー」って言われるし、と
いつも私の気持ちはひっこめてた
勝手に夫の自由さに合わせてたのに
そんなことの繰り返しは疲れるもので
時々ストライキみたいなことを
やってました
たとえば「今日はお弁当つくらないね」とか…
それで「私も自由」になった気でいた
さらに勢いに任せて
夫の自由さにダメ出ししたりして…
心屋を知ったから
私も何でも言えるんだから!!って
なんかおかしな方向に行ってたなぁ
そうじゃなくて
夫の気持ちなんかおかまいなしに
私は私の作りたいものを
勝手に夫に聞かないで
作ればいいんだなぁ
(当たり前? でもやっと腑に落ちた)
もちろん
作りたくなきゃ作らなくてもいい
でもうちの場合は
料理自体はやる気あったのに
献立だとかをいちいち聞いてゴタゴタして
「じゃあやらない」みたいになること多かった
いちいち聞かなくてよかったんだ!!
聞くから反対されるだけで
それはフリーダムにぽろっと言ってるだけで
反対ってほどでもなかったのかも…
そういえば
夫はおいしければ
何でもいい人だったんだった〜(今さら)
それに
作りたい気分の料理って
楽しく上手に作れる!!
もうあらかじめ夫に聞くのやめよー
聞いていいこと、ひとっつもなかった
夫はというと
のり弁からオムライス弁当になっても
ぜんぜん問題なかった
むしろ
あきらかに嬉しそうだった( ^ω^ )
やっぱり
自作自演のひとりコント
してたんだなぁ〜
最後にあべちかさんのブログから
厳選して2つのお言葉を!!
ワタシは
ワタシのしたい事すればいいんだわ!!!!
人生
楽しく
美しく!
あべちかさん、ありがとうー!!
またブログ読ませてくださいね♪
兄と私はふたご
生まれたときからいつも一緒
とても小さい頃
気持ちは言わなくてもわかった
二階の窓から
ティッシュの雪を降らせたり
夕ご飯はお刺身がよくて
「おさしみーおさしみー」
と階段の上からリクエストしたり
幼稚園に入る前ぐらいまでは
無敵だった
楽しかったね
テレパシーはないけどね
二卵性だしね
兄は優しい子で
言葉づかいも「〜なの?」
「〜だよね?」って感じ
ちょっとおかまっぽい?
でも今サーファー
うちの家系、運動神経鈍いのに
サラリーマンで子煩悩でサーファー
抱っこひもが板につくイクメンなんだけど
たまにひとりで海に行くらしい
中学生になったときは
男と女のふたごは珍しいから
「カタワレは?」って
見に来る人がいた
なんで「カタワレ」なんて言うんだろうね
「ハーフ」も似た気持ちかな?
でも、カタワレと言われたりする
ちょっと嫌なことよりも
たくさんの楽しいことあるし、いいか
私が結婚してからはちょっと大変だった
夫が望んで得られなかった立場に
兄がいたから
理系のサラリーマン
ただそれだけ
兄の存在が
ずいぶんケンカのタネになった
連絡とってないのに
実家で集まる用があると
「グルになってる」と言われたりした
私は怒って泣いたりしたこともあった
今は「兄が好き」ってことを
夫にもオープンにしてる
私が好きなら
兄も私の一部だよって
特に気負いもせず
いつのまにかに言ってた
兄はいつでも私の幸せを願ってると思う
私も同じ
頼めばたいていのことはしてくれると思う
私もすると思う
私は兄のことが大好き
優しくて働き者でちょっと抜けてて
ちゃんと少しは遊んでて
奥さんにも恵まれて
子どもたちにも恵まれて
ほんとうによかった!!
ずっとずっと幸せでいてほしい
兄のことになると敏感だった夫も
最近は
「あいつに嫌なことされたことは
一度もねーな」
と言ってて、これもとても嬉しかった
7歳下の妹がとてもかわいくて
小学校から帰るとただいまより前に
「ともちゃんは?」って言ってた。
ほっぺたがおもちみたいで
笑うと目がなくなる妹。
かわいすぎると思ってた。
折り紙とかお絵かきとか楽しかった。
おとなしすぎる子どもだった私には
妹の存在が心の支えでした。
ともちゃん、ありがとう。
いてくれてほんとうに助かった。
その頃
「お母さんはわかってくれない」
と思ってたけど、
年甲斐もなく幼稚な遊びをしていることは
ほうっておいてくれた。
あの頃に妹と聴いた「みんなのうた」は
歌詞なども覚えていて
今子どもに歌ってる。
かわいいだけの時期はつかの間で
妹は末っ子らしく
自分の気持ちに正直に育ち(わがままに見えた)
長〜い反抗期もあった。
今のうちの長女にけっこう似てる。
名前をたまに呼びまちがえるほど。
妹のわがままに関しては
ずっと責任の一端は私にもあるなと
ネガティブにとらえていた。
思い違いだった。
いま家族の中で一番、
妹が好きなことができている。
あれでよかったんだね。
私もあれぐらいわがままでもいいんだ。
ともちゃんが合ってたね。
妹以外はまじめ人間ぞろいの中
よくわがまま通したなぁ。
お姉ちゃんはわがままルーキーだけど
これからは楽しい方を選ぶよ。
すっかりトゲが抜けて
丸くなった(体型じゃなく中身)妹は
今は娘たちにプレゼントやお年玉もくれて
ありがたいかぎりです。

