親子で脱ステ#2~離脱~【100日投稿目標11日目】 | 暮らしに天然石を✨天然石ジュエリー作家が思う事

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自分の事がわからなかった私は、心理学を1年間、セラピーを半年間学び『私はこれが好き』の感覚を思い出す事ができました。内観大好き!まずは自分と繋がる。それからジュエリー製作、石、タロットリーディングもはじめました。いつからでも人は変われる。

こんにちはニコニコ 

 

 

 

この投稿は

今日もどこかでアトピーの脱ステロイドに悩み 

辛い思いをされているかもしれない

誰かに向けて

少しでも 希望を持ってもらいたいと思って書いています

 

 

私と長男の辛かった1度目の

脱ステロイド体験と

脱ステロイドを止めた時の事


それから8年ほど経って

出会った漢方医院の影響で

再び脱ステロイド治療を再開し

小児鍼での治療の事


亀井弘喜さんのセンターピース(犬飼ターボさん発案の人間心理学)での学びも

脱ステロイド治療に役立ち

私も子供達も回復してきている現在の事までを何日かにわけて投稿していきます

 

 

https://kameihiroki.com/centerpiece/ 


 

昨日は脱ステロイドを始めるまでの事と

始めて離脱症状が出始めたところまでを

書きました

 

  



今日はその続きです

 

 

 

あらかじめお伝えすると

私は過去の病院を非難するつもりは

少しもありません

おそらく当時の私だったら

どこの病院でも治らなかったのではないかと思っていて

治らなかった原因は自分にあると思っています

 

 

 

 

当時は いつだれかに

発信するなど 

これっぽっちも思っていなかったので

記録しておらず

記憶にたよって 書いているので

曖昧な部分もあるかもしれません

 

 

 


 

 

脱ステロイドを始めてから

みるみる皮膚が悪化し

想像以上の離脱症状にショックを受け

恐怖もあって

ネットで脱ステロイドをすすめる皮膚科を探し(順番が逆ショック) 

はじめは車で15分ほどの近い所に行きました

 

 

 

 

 

私や長男と同じような患者さんが何人かいらっしゃいました(つながりを感じて安心しますキラキラ)

その病院では 『超酸性水』という水で

消毒するという治療法でした

おふろはぬるめの湯につかることを

薦められました

 

 

 

お風呂は苦痛でした

特に息子にとっては。

湯も超酸性水も沁みるのです

ギャアギャア泣いてました

 

 

 

だけど私は

「先生がそうしたらいいと おっしゃったし

あの皮膚科で治った方の記事も待合室でみたし

ここを我慢したら きっとよくなる」

そう思って

その時は辛かったけど しばらく続けました

 

 

 

その間 症状は良くなりはせず

維持 または悪化していたと思います

 

 

 

今思うと それが自然な体の反応だったと思うのですが

当時は だんだんと その治療法に疑心暗鬼になっていきました

 

 

 

そんな私の感情に拍車をかけるように

私の周りの人たちから 沢山の言葉が入ってくるのです

 

 

 

両親からは 「いきなりステロイドを止めることは

体によくないのではないか 徐々に止めていくことはできないのか

知り合いの看護師さんも 今のやり方は危ないと言ってるよ」

そりゃあ 突然 娘と孫の皮膚がグチャグチャになって

泣いて 元気もなくなってたら

親なら心配して当然ですよね

 

 

 

 

同年代の子供を遊ばせる市のサークルに参加していたので

そこの先生にも あまりにも酷い私たちを見て

「ステロイドはそんなに悪いものなの?」と言われ

 

 

 

外に出れば 事情を知らない人たちに

「まぁ かわいそうに」と言われ

 

 

 

 

段々と芽生えてきた感情は

「私って子供に悪いことしてるのかな」

「治療法が合ってないのかな」

「何で私が選択した事を認めてくれないの?」

 

 

 

そう感じてしまいました

 

 

 

自分に自信がなかったんですね

 

 

一度始めた事を止める事はカッコ悪い

そうも思っていた私は

脱ステロイド治療は続けるものの

病院を変えました

 

 

 

次の病院では「徹底的にアレルゲンを除去」

という 方針でした

まず パッチテストをして アレルギー検査

長男は食品で言えば

小麦 卵 乳  豆 等々に加えて

米にも少しアレルギーありましたから

しばらくは主食は芋でしたびっくり


 

 

あれはダメ これもダメ の治療法

 

 

 

頭ガチガチだった私は

「やるからには徹底的に先生の方針通りに

しないと治らない」

と思って 真面目に 取り組んでいました

 

 

先生を信仰して依存して

自分の力で治すという気持ちが少しもなかった

 

 

 

でも 縛りが強すぎる

治療法で ストレスは貯まる一方

 

 

 

で   また 脱ステロイド療法を薦める

別の病院にいく...

 

 

 

ここまで読んでくださっている皆さんも

思いますよね

 

 

そりゃ良くならんわってショボーン

 

 

 

自分を信じれてないので

ぶれるぶれる

 

 

 

あっちが効くと言われれば あっちへ行き

そっちだよと言われればそっちへ行き

 

 

 

結局約2年間で

4ヶ所の病院を転々としましたが

症状は良くなってはいきませんでした

(そりゃあそうですね)

 

 

 

長男は何も言わずに

私を信じて付いてきてくれていましたが

私に精神的な限界が近づいてきていたと思います

 

 

長男が3歳の誕生日に

プレゼントを用意してあげる気力すら

なかったんです

 

 

当日主人が買ってきてくれた人形

 

 

 

長男の血が今も付いていて

他の人形は捨てれても

この人形は捨てる事ができません

いつか手離す時がくるのでしょうか

 

 

私は夜も眠れなくなり

病院で処方された

睡眠導入剤を飲み

体重は5キロ以上落ち

夏でも寒くて震えて

目は死んでました

 

 

 

 

 

それから少しして

長男のひと言で脱ステロイドを止める決断をしました

 

 

両親と食事に行ってたとき

私は   泣きながら掻きむしる長男を抱いていたのですがその時   長男にこう言われたんです

 

 

 

「誰かたすけて」って

 

 

母失格やと思いました

罪悪感でいっぱいになりました

人目をはばからず泣きながら

長男に何度も謝りました

 

 

それで

脱ステロイド治療をすることを止めようと決断しました

私はどこかホッとしました

 

 

 

自分では戻れなかったからです

 

 

ホッとしたものの  その時に芽生えた

一度始めた事を止めることは  それまでの自分を否定する事

 

 

この感情は約8年後

亀井弘喜さんのセンターピース(犬飼ターボさん発案の人間心理学)を学ぶまで  持ち続けていたと思います

 

 

 

 

当時の私には脱ステロイドに耐えられるだけの

自己肯定感

がありませんでした

一見自分で選択した道のようで

病院の先生に依存して 自分軸がなくて

 

 

柔軟な考え方ができずに   1つの考えにこだわりすぎていました

 

 

脱ステロイド治療は

正しい知識でサポートしてくださる

お医者様も勿論必要ですが

当の本人の『自分で治す』という意思と

覚悟と忍耐力

それと周りのサポートが必要です

(私の場合も両親のサポートと主人が色んな面で主人なりにサポートしてくれました)

 

 

自分の姿を鏡で見ては落ち込み

少し良くなったかな?と喜んでは

また悪化して 落ち込み

 

 

ゴールがいつかわからないだけに

心の健康をどう保つかも

大きな 鍵のような気がしています

 

 

8年前に私は 

1度は脱ステロイドを諦めましたけど

今は

あの時の体験は 私には必要だったと思っています(長男に対しての罪悪感がありますが)

 

 

長男はあれから ステロイドを再開して

皮膚を落ち着かせて 

3年保育の幼稚園に入園し

痒みのストレスから解放されて

スイミングにも通い

幼稚園 小学校の生活を

他の子と同じように思い切り楽しみ

小5の秋に 再び

脱ステロイド治療を再開して 今 10ヶ月が経ちます

順調に回復していますニコニコ

 

 

その話はまた次回にしますね

 

 

 

 

ここまで読んで下さってありがとうございましたニコニコ