保科昭彦先輩は後輩思いで、記者の傍ら「白紙会」という勉強会を就職部(現キャリアセンタ
ー)職員と創設し、ボランティアで記者志望の学生を指導されていました。
自主マス1期生も「白紙会」でお世話になって、読売新聞記者になりました。
保科氏の略歴:
1956年 本学経済学部を卒業。
同年 読売新聞社に入社。
91年 取締役に就任。
92年 読売巨人軍球団代表就任。
93年 導入されたばかりのフリーエージェント制度(FA制)で落合博満(中日)の獲得。
94年 長嶋茂雄監督の初の日本シリーズ優勝を支える。
96年 1月に代表を退任し、読売新聞西部本社代表に就任。