5月20日
週末天気が良いのは土曜日だけ、ツーリング行って来ました~!
国道12号線で北上
国道ばかり走っていても飽きるので寄り道
北海道も田植えの季節になった
田圃と農仕様のクロスカブは良く合う
この場所、三号川線と言う農道が走っている
ローカルな場所だが結構な頻度で大型車も通り抜ける
12号を走っていると目につく沼貝神社に寄る
「沼貝」という言葉が気になり調べてみると、沼貝寺があったり
昔は、沼貝小学校も有った(今は中央小学校に統合されている)
この地は、1890年(M23)沼貝村として誕生し、1925年(T14)沼貝町となり
翌年1926年(T15)美唄町となる
アイヌ語の
「ピパイ(pipa-i)」〔カラス貝・川〕
「ピパオマナイ(pipa-oma-nay)」〔カラス貝・ある・川〕
「ピパオイ(pipa-o-i)」〔カラス貝・多い・所〕
の和名から「沼貝村」と付けられ
1891年(M24)に北海道炭礦鉄道の美唄駅が出来てから
1926年(T15)に美唄町となったそうだ
駅名が先で、町名が後になる
美しき唄のまち「美唄」がキャッチフレーズだ
沼貝神社は国道から目立つ鳥居が見えるが、手入れは悪く雑然としている(失礼!)
鳥居の近くには、百度石
この地から出兵した、日露・日中・太平洋戦争の戦没者名簿も有った
天皇や(国)を若干批評気味の碑文の珍しいかも…
開基〇〇年とかの碑も、寄せ集めたのだろうか?
同町内の光珠内駅で休憩
屋根の錆が進んでるね~
昔の光珠内の地図
駅前通りと国道との交差点には、農協が有る事になっているが今はもう無い
駅裏が直ぐ田圃で、乗降客も少ない(約20人/日)がホームは長い
2017年(H29)までは、近くに専修大学北海道短期大学が有った
大学が有った頃は、もう少し乗降客も居たのだろう
別棟の昭和チックな「便所」に寄る
意外と匂わない!手洗いの水の設備は無く、昔ながらのコレを吊るタイプです(今でも売ってるんだ~)
滅多に止まる事は無い、直線道路日本一29.2kmに寄る
モニュメントの下部に沿線が有った
今は平和な国道12号だが、明治時代に囚人の強制労働で作られた道だ
ここから先、滝川までは延々と直線道路だ
国道から砂川発電所が見えたので寄る
北海道三井化学の一帯に建っている
地産地消の地元の石炭を燃料として発電して来たが、
設置後40年が経ち老朽化やカーボンニュートラルに向けて2027年で廃止されるそうだ
北海道三井化学や、砂川発電所の一帯の外周を回ると
発電所裏に、お洒落な施設が~
砂川雰囲気に似合わず、若い女性が大勢吸い込まれ行く?
入口には校門らしき物も建っており不思議な施設だ
オヤジには分からないSHIROと言う化粧品の会社だったり、cafeや、ショップが入る施設だそうだ
この場所には元々、砂川小学校石狩分校が有り
航空写真は、1952年(S27)
何で発電所や三井の科学工場の裏の畑の真ん中に小学校を建てたのだろう?
田舎の風景の道を走り~
田圃ごしに三井化学一帯の工場が見える
かまぼこ屋根の工場は1948年(S23)の航空写真に写っている古くからの工場だ
このゲートの直ぐ内側に三井東圧専用鉄道の線路が走っていたが既に撤去されて無い様だ…
ここに砂川発電所行きの石炭貨車も走っていた?
さて~と、今日の目的の滝川の葉の花に着きました~
菜の花まつり開催中
今日は、菜の花巡りをします
その前に、腹ごしらえを~なんて思ったら、4月から夜営業のみだって…
第二のプランは
カレーハウス盛
人気No,1 特製カツカレー
北海道産ロース肉を使った出汁カレーだそうです
来ました~熱々で湯気たってる~
味は庶民派カレーの豪華版って感じで旨かったです
味もしっかりしていてルーも沢山かかってました
(ルールルル♪って言わなくても大丈夫です!言っても貰えませんが…)
食後は滝川の丘陵地を巡って菜の花鑑賞
どこも見頃ですよ!
畑の緑と青い空も
丸加高原展望台まで登ってきました
暑寒別岳やピンネシリも見える
菜の花畑はどこが一番広いのだろう?
菜の花は農作物だからね~
ジョンディアも走ってます
今のトラクターって凄い静かなんだね~乗り心地も良さそうだし高級車って感じ
菜の花を堪能して~
江部乙駅
派手な駅だ~滝川は菜の花で観光客誘致をしているが
菜の花畑が有る場所は江部乙が中心なんだよね
駅舎も菜の花カラーでアピールだ
江部乙駅には、古い跨線橋が有る
古いガーター橋を転用した跨線橋
ガーターの横の鋼材が「J」型をしているのは明治期の物だ
銘板が写真の撮れる位置にあり撮ってみたが、何重にも塗装されて劣化も酷く読めない…
何となく「1901」年(M34)ってのは分かる
なんとか解読しようと検索すると出て来た!
PATENT SHAFT&
AXLETREE Co.LD
ENGINEERS
1901
WEDNESBURY
パテント・シャフト・アンド
アクスルトゥリー
エンジニア
1901
ウェンズベリ工場
Wikipediaによると
「日本における鉄道の黎明期に、
お雇い外国人として鉄道建設の指導に当たったチャールズ・ポーナルの影響により、
パテント・シャフト製の橋梁が輸入されている。」
そうだ…
パテント・シャフト社 1840年~1980年
イングランド州 ウェスト・ミッドランズ ウェンズベリー
120年前にイギリスで作られ、輸入されたガーター橋が転用され今でも江部乙駅の跨線橋として使われてる
階段を上がって、踊り場で90度曲がり、跨線橋部分を渡る珍しい作りだ
跨線橋の竣工年は、銘板によると1955年(S30)だが
駅舎内に展示して有った、1964年(S39)頃の、跨線橋の写真と若干形が変わっている様に見える
SLが走っていた時代の写真だし、電化して架線を付けた時に跨線橋の嵩上げを行ったのだろうか?
国道275で帰る為、石狩川の左岸の農道を走る
山側でなくても江部乙には菜の花が多い
意外と空いているし菜の花見学には穴場かも知れない!
菜の花も見納めしたところで帰ります
帰りに、休憩とケツ痛対策で、中小屋温泉に寄ったら
配管故障で休業中だって…
同じタイミングで来てガッカリしている温泉好きさんと情報交換して帰るべさ~
本日の走行距離:199km