「本陣殺人事件」~中尾 彬のジーパン金田一耕助 | じろう丸の徒然日記

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私こと、じろう丸が、日常の出来事、思うことなどを、気まぐれに書き綴ります。

1975年の日本映画。
たかばやしよういちプロ映像京都ATG(アート・シアター・ギルド)
原作は、言わずと知れた横溝正史の同名小説。人気キャラクター、金田一耕助の初登場作品である。
監督・脚本は、高林陽一。美術は西岡善信
音楽を、何と大林宣彦が担当している。故郷の尾道を題材にした一連の映画で知られる映画監督だが、ここでは作曲家として、妖しく物悲しいテーマ曲を提供してくれた。
製作は高林輝雄西岡善信
 
原作は戦前の設定だが、本作は低予算での製作なので、時代設定を現代に変更、したがって金田一耕助も、服装を原作のヨレヨレの和服から現代風のジーパンに変えての登場と相成った。
 
物語は、ある春の日に、東京で探偵業を営むヒッピー青年、金田一耕助中尾 彬がある村を訪れるところから始まる。
明るい日の光の下、のどかな田舎道を歩く耕助は、前方から静々と進んでくる葬列を見て、はっとした。
―――あれは、鈴ちゃんが死んだに違いない。
近づいて、先頭の老婦人が抱え持つ遺影の写真を見てみれば、果たしてそれは耕助の思ったとおり、一柳鈴子高沢順子であった。
鈴子の母の老婦人と従兄弟の青年から挨拶を受けながら、耕助は一年前の今頃、鈴子の家で起きた密室殺人事件のことを思い出していた。
それは、鈴子兄・一柳賢蔵田村高廣が年若い花嫁・克子水原ゆう紀と祝言をあげたその夜、二人は初夜を迎える離れの一室で、日本刀で斬殺されたという事件だった。
 
克子父・久保銀造加賀邦男から連絡を受けた耕助はただちに駆け付け、事件の捜査にあたった。
一柳家は、江戸時代には参勤交替の大名を宿泊させたほどの名家だったが、当主の賢蔵は小作人の家柄である久保家の娘・克子を愛し、彼女を嫁に迎える決意をする。
当然周囲からは猛反対されたが、賢蔵克子清純さを愛していた。だから賢蔵は周囲の猛反対を押し切って、克子との結婚を決めたのである。
 
ここまでは良かった。
実は克子には、賢蔵の知らない秘密があった。
克子賢蔵と出会う前に付き合っていた男がいて、その男と肉体関係を持っていた。
克子は、賢蔵を騙しているのが心苦しく、正直にそのことを賢蔵に打ち明けた。
賢蔵は、自分に必要なのは今の克子だと、大人の態度を示した。
しかし内心は、克子を許してはいなかったのである。
旧家の当主であり、優秀な学者でもある賢蔵プライドの高い完璧主義者であり、処女でもない女を花嫁に迎えることに耐えられなかったのだ。
賢蔵は、探偵小説マニアの弟・三郎新田 章に協力させ、恐るべき殺人計画を実行しようとしていた。
 
すなわち、周囲の反対を押し切って決めた結婚である以上、いまさら取りやめるわけにはいかない。
そこで、自ら命を絶つことにしたのだが、それではただの負け犬だ。
外部から何者かが侵入して、自分と花嫁を殺したことにしよう。
こうして、身勝手な自作自演の殺人劇は幕を開けた。
もともと優秀すぎる兄劣等感を抱いていた三郎は、兄・賢蔵から懇願されて、喜んで協力したのである。
 
このとことん性格の歪んだ一柳家息子達ふたりとは反対に、末っ子の鈴子は邪心を知らない娘だった。
鈴子障害をもっており、知能が遅れていた。さらに、ときどき頭痛を訴えていて、長くは生きられない身体らしいと、何となく耕助は感じ取っていた。
この映画は、推理そのものよりも、耕助鈴子との交流の場面の方が印象深い。
鈴子は、時に天使のように、時に小悪魔のように、幼女のまま成長の止まった心で耕助に接してきては、事件解決のヒントを、我知らず与えてくれるのであった。
現代的なジーパン姿金田一耕助がからむことで、田舎の旧家の息苦しさや、当主・賢蔵の歪んだ自尊心、鈴子の抱えている悲劇的な運命が、より鮮明に浮かび上がってくる。
 
 
監督の高林陽一は、この「本陣殺人事件」を映画化するのが長年の夢だったのだそうだ。
ATGのプロデューサーと連れ立って原作者の元を、映画化の承諾を得るために訪れたとき、横溝正史から「なぜ『本陣殺人事件』を選んだのですか?」と訊ねられ、高林監督はこう答えた。
「数ある先生の作品の中でも、刀や琴のトリックが見事で、映像的なんです。」
すると横溝正史は大いに喜んで、映画化を快諾してくれたとか。
 
撮影は、映像京都西岡善信の実家を借りて行なわれた。奈良県明日香村にある西岡氏の実家は、本物の旧家なのである。
ジーパン姿金田一耕助を見た原作者の横溝正史は、
「たしかに、耕助を洋服姿にするなら、ああいう服装でしょうね。」
と言って喜んだという。
 
時代設定を現代にしたことで、何かと違和感を感じる人も多いことだろうが、実は横溝作品の精神を最も良く表現した傑作であり、一見の価値があると保証していい。
じろう丸の徒然日記-本陣殺人事件