じろう丸の徒然日記

じろう丸の徒然日記

私こと、じろう丸が、日常の出来事、思うことなどを、気まぐれに書き綴ります。

これは自分のブログで取り上げるべき問題だな、と思いつつ、なかなか書けずにいたテーマがある。
今年の3月16日に、沖縄県名護市辺野古沖で研修中の同志社国際高校(京都府)生徒さんたちを乗せた船が転覆、生徒さん一人船長さんが亡くなった、例の事故のことである。
この事故では他にも負傷した人が、生徒さんと乗員あわせて16人いる。

 
辺野古沖転覆事故について
 
私がこの事故のことを心ならずもスルーしていたのは、私がどうしても知りたいことが一点、どうしても分からなかったからだ。
それは、亡くなった船長さんがいったいどういう人だったのか、ということである。

 
事故発生当時の報道では、たしかこの船長さん実名年齢が報じられていたような覚えがあるが、名前はともかく、年齢は70代の高齢者だったはずである。
それで私は、この船長さんは高齢で引退した元・漁師さんかな? と思っていたのだけれど、あらためて検索して事故を報じるいくつかの記事を読んでみたら、この人は実際は牧師さんであった。

 
さらにあらためてそれらの記事を読んで、恥ずかしながら初めて知ったのは、転覆した船2隻で、件の船長さんはそのうちの「不屈」という船に乗っていた。そして亡くなった生徒さんはもう1隻の「平和丸」に乗っていた。
私はてっきり、皆同じ船に乗っていたのかと思っていたのだ。

 
私が気になっていたのは、転覆した船は、工事への抗議活動に特化したものだったのか、ということである。
抗議活動をするためだけに船を入手するというのは考えにくい。もともと海辺に住む人が日常生活上の他の用途にも使っていた船を、抗議活動にも使用していたというのが本当のところではあるまいか。

 
どうも多くの報道では、抗議船が転覆したとか、学生さんたちを抗議船に乗せて抗議活動をさせていて、こんな事故を起こした、といったニュアンスのものが見受けられる。
もちろん、事故を起こした船長さんの責任極めて重い。
だが、数多の報道もまた、抗議活動を行なっている集団をことさら悪者に仕立て上げることで、辺野古沖埋め立て工事自体の悪質さ糊塗しようとしているのではないかと、思えてならない。

 
辺野古の普天間飛行場代替施設の建設工事】

(撮影者:短毛丸さん
 
辺野古沖埋め立て工事の無意味さ・悪質さ
 
私は、過去にも何度かにわたって「辺野古沖埋め立て工事」(普天間基地移設問題)を、このブログで取り上げてきた。
だから、この埋め立て工事の無意味さと、それを強行しようとすることの悪質さを理解しているつもりである。

 
辺野古沖の海底にはマヨネーズ状の軟弱地盤があって、杭をしっかりと打ち込むことができない。
この軟弱地盤を埋め立てるには、技術的にも、土砂の物量的にも難しく、おそらく工事は半永久的に終わらない。
また、米軍は、たとえ辺野古基地が完成したとしても使わないと言っている。有事の際には那覇空港を使うと言っている。
ジェット戦闘機が離着陸するのに必要な長さの滑走路を、辺野古では面積が狭くて設置できないということらしい。

さらに、埋立てに使われている土砂の中に、沖縄戦で亡くなった人(その多くは地元住民だろう)の遺骨が混じっている可能性が高い。

 
私がいま思い出しただけでも、これだけの問題点がある。
これだけの問題点がそろえば、もはや辺野古への移設工事賛成する理由がない。反対して当たり前なのである。

 
【埋め立て前の辺野古の海】

(撮影者:短毛丸さん
 
私がSNS上の数多の意見を見てみたところ、工事に賛成している人たちは、上に挙げた問題点まったくと言っていいほど知らないようである。
また、工事に反対しているのはほとんどが左翼活動家だと思い込んでいるようでもある。

 
辺野古への基地移設工事に反対しているのは、オール沖縄オールおきなわ、正式名称:辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議といって、左翼とか保守とかのイデオロギーに関係なく、真剣に沖縄の平和を願う人たちが集まった集団なのである。
実際、オール沖縄を率いていた故・翁長雄志さんは、かつては自民党沖縄県県連幹事長を務めていた、保守派の政治家だった。

 
翁長武志さん 2016年8月】

(引用元:ゾハン・ユリ, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons)
 
沖縄の米軍基地問題を若者たちへ伝えよう
 
翁長さんは、もともと沖縄米軍基地は必要だという考えだったが、後に反対派に転じた。
その理由は――そもそも物事には限度があるということだったのだろう、と私は思っている。

 
いくら沖縄米軍基地が必要なのだとしても、もうこれ以上は無理だ、限界だ、これ以上の基地建設はやめてくれ、翁長さんはおそらく思ったのだ。
それに、沖縄県内における在沖縄米軍の数々の不祥事。――米軍なんて信じてはいけない、頼ってはいけない、翁長さんが考えを改めたとしても不思議はない。

 
そういえば思い出した。たしか、アメリカ退役軍人さんたち――ベテランズ・フォー・ピース(平和を求める元軍人の会=VFP辺野古移設工事に反対していたのではなかったか。
たしかその中にはかつて沖縄米軍基地に勤務していた人もいたように記憶している。

 
いま述べてきたように、辺野古への基地建設には、左翼ばかりか保守アメリカの退役軍人など、さまざまな立場の人が反対している。
そして反対するにも、先に挙げたようにちゃんとした理由がある。

 
それなのに、日本政府は何を強情をはって工事を強行しようとするのか。
また、アメリカ辺野古基地使う気が無いのなら、どうして工事にストップをかけてくれないのか。

 
私の脳裏には、辺野古に基地を作りたがる日本政府が駄々をこね、アメリカ政府が聞こえないふりをしている幻影が浮かんでくる。
やはりこの工事には、何らかの利権が絡んでいるのだろうか。

 
【駄々をこねる日本政府

(人物素材:nakadakanさん
(背景:短毛丸さん
 
こうした在日米軍基地に関する諸々の事実を、ぜひとも若者たちに知ってほしい。
3月転覆事故をめぐって文部科学省は、「学校の政治的活動を禁じる教育基本法に違反する」などと言ったそうだが、これは各学校に対する「脅し」であろう。
現に行われている工事の様子を見学すること自体は政治活動とは関係ないだろう。

 
辺野古への基地建設「間違っていない」と思うのなら、政府が船を用意して、学生さんたちにどんどん見てもらったらいい。
日本政府は、よほど自分たちの「正しさ」に自信がないのだろう。
昨日、5月31日は、新潟県知事選挙の投票日だった。
 
この選挙には、現職の花角英世氏(68歳)のほか、新人で前県議の土田竜吾さん(38歳)、元五泉市議の安中聡(あんなか・さとし)さん(48歳)が立候補していたが、結局、花角氏が他の2候補を大差で引き離して3選を決めた。
 
私はもちろん、ちゃんと投票に行ったが、絶対に花角氏には入れないと決めていた。
同氏が柏崎刈羽原発の再稼働を容認したことが、許せなかったからである。

 
同原発を所有し管理している東京電力という会社を、私はまったく信用していない。
東京電力の罪深さについては、ジャーナリストの青木理さんが今年の初めに出した次の著書で詳しく説明してくれている。

 
『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』
 
2011年(平成23年)3月11日14時46分東北地方東日本大震災が発生、東北地方を中心に大津波、津波火災を含む火事などにより、12都道府県2万人を超す人々の命が奪われた。
さらには、東京電力・福島第一原発の複数の原子炉が同時にメルトダウン(炉心溶融)するという破滅的事故まで引き起こされた。

 
この震災及び原発事故は、人々の暮らしを一変させた。
多くの人が避難を余儀なくされたが、震災から一か月後、福島県相馬郡飯舘村(いいたてむら)に住んでいた102歳の老人が、自ら命を断った。

 
この事実を知って衝撃を受けた青木理さんは取材を開始、そして書き上げたのが『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』という書籍である。
 
『百年の挽歌 原発、戦争、美しい村』

青木理さんの著書)
 
この本を読んでいると、あらためて東京電力への怒りが湧いてくる。
 
土田竜吾さんに投票
 
私は、花角氏を見限っていたので、土田竜吾さん安中聡さんのいずれに投票したものか迷っていたが、最終的に土田さんに投票した。
土田さん安中さんいずれも原発推進には反対の立場であるので、私にとってはこの人たちのいずれかしか、選択肢はなかった。

 
私が土田さんを選んだのは、投票日の前日に、偶然YouTube次の動画を視たのがきっかけだった。
 
【菅野完】
新潟県知事選挙が実にけしからんことになっている件

(公開日:2026年5月30日、再生時間:28分55秒)
 
著述家の菅野完(すがの・たもつ)さん土田さん誹謗中傷している、と思ったら、実は応援しているのである。
逆に花角氏のことは、称えていると見せかけて、褒め殺している。
私はこの動画を視て、思わず声を出して笑ってしまった。

 
この動画は、土田さん人となりを実によく説明していて、視終わったとき、私の誰に投票するかという迷いは解消されていた。
ひとつ、この土田竜吾さんという人に賭けてみようか、と思い、この人に投票したのだが、当日夜、新潟日報のサイトにアクセスしてみたら、花角氏が当選確実と報じられていた。
残念なことである。

 
(参考画像 土田竜吾氏ではありません)
【街頭演説で訴える男性】

(引用元:フリー素材「ぱくたそ」
(モデル:大川竜弥さん
26日「新潟日報」朝刊(といっても今は同紙に夕刊は無いのだけど)を見て驚いた。
アメリカジャズ・サックス奏者ソニー・ロリンズさんが亡くなったとのこと。95歳だった。

 
私が知るかぎり、この人ジャズ界の最後のレジェンドと言っていい。
たぶん、現役のジャズメンとしては最高齢だったのではあるまいか、と思っている。

 
ソニー・ロリンズさん(1982年撮影)】

(引用元:Brianmcmillen (英語版ウィキペディア), CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
 
私がロリンズさんCDを初めて買ったのはたしか1995年のことだったと思う。それは『Saxophone Colossus(サキソフォン・コロッサス)』というアルバムで、これは最大の代表作と言っていい。
私はロリンズさんの訃報を知り、このアルバムを久しぶりに聴いてみようと思ったのだけれど、さて、どこに片付けたものか、見つからない。

 
このアルバムの冒頭に収録されている『St. Thomas(セント・トーマス)』は、私の最も好きな楽曲のひとつである。
当時私はジャズにのめり込み始めていて、この曲何度も何度も聴いたものである。

 
【Sonny Rollins】
Sonny Rollins - St. Thomas (Official Audio) from Saxophone Colossus

(公開日:2023年2月22日、再生時間:6分47秒)
 
さらに、ロリンズさんライブDVD1枚あったはずなのだが、これまたどこにも見当たらない。
はて、最後に観た後、どこに仕舞ったものやら、家の中のどこかにあるはずなのだが‥‥?

 
ロリンズさんのアルバム】

 
ロリンズさんアルバムは、他にも何枚か持っている。
上の画像は、向かって左が、これも人気作の『Tenor Madness(テナー・マッドネス)』(1956年)。右が『This Is What I Do(ジス・イズ・ホワット・アイ・ドゥ)』(2000年)
もちろん、我が家にはこの他にも何枚かある(正確に把握していない)。

 
今日、行きつけのジャズ喫茶へ行ってみたら、そこでもロリンズさんCDがかかっていた。
私が初めて見るディスクで、たぶんレコード会社の自主編集によるベスト盤ではあるまいか。

 
さて、明日から家の中のどこかにあるはずの『Saxophone Colossus』ライブDVD(タイトルは覚えていない)を捜すとしよう。
 
最後に、かなり良質のライブ動画を見つけたので、それを貼ってこのたびのブログ更新を終えたいと思う。
2007年モントルー・ジャズ・フェスティバルでの演奏の模様である。

 
【Monterey Jazz Festival】
Sonny Rollins, "Biji" at the 50th Monterey Jazz Festival, 2007

(公開日:2026年5月26日、再生時間:8分28秒)
 
ソニー・ロリンズさん安らかな旅立ちを、お祈り申し上げます。