体調には波がありますよ、って

 

本当にそう思います

 

昨夜はまた寝落ち

 

このまま一生

疲れが抜けることはないのかなあ

 

 



 

 

 

私は両親を見送って

 

親戚や友人を見送って

 

そして

多くの患者さんの生き様に触れ

 

 

多くの学びを得ました

 

 

 

 

死に様から学びを得たのではなく

 

生き様から学びました

 

 

死が人生のゴールであることは

みんな平等

 

 

ここから先は価値観の違いがあるかもだから

読みたくなーいって人は

ここで終わり

 

 

 

例えば

臨終に立ち会うことって

私にとっては大切なこととしての順位は低くて

臨終をいつかいつかと待つというよりは

誰もが日々日々過ごしながら

その中で

ある時訪れて

虫の知らせとかでたまたま一緒にその時を過ごすこともあれば

たまたま一人だったりなんてこともあれば

旅立ちのときは

そんなものかと思っていて

 

 

それよりも

生きている間に

触れて、話をして、会話して

死についても語り

感謝や謝罪を伝え

笑い泣き怒り

それそのものが人生だと

感じられること

 

 

旅立ちの時

一緒にいることを重視する方は

少なくないが(医療者にもね)

 

それに囚われて

 

 

何時ごろでしょうか?

何時ごろなんでしょうか?

 

なんかその時を待っているような言葉にも

感じちゃう私は

何か感覚がおかしいのだろうか、とすら

感じることもあって

 

 

その家族ができる範囲のことをすればそれでよくて

それぞれが一生懸命生きることが大切で

一生懸命ってのも

別に一生懸命じゃなくてよくて

難しいけど

普通に普通に生きていれば

 

 

安心して

旅立てる

 

 

そういうものなのかなと思う

 

 

 

私はよく

死について口にする

 

 

そうすると

まだ早い、とか

ええ、そんなこと考えなくても、とか

言われるが

 

 

そうは思わない

 

病気で亡くなるばかりでなく

事故も天災も

なんでもある

 

 

死は生と同時に存在してる

 

 

人の人生は永遠じゃない

 

 

あっけない

 

 

 

 

だから大切に生きようとは思う

 

今日で命が終わってもいいってくらい

 

一生懸命生きていきたい

 

(実際は寝落ちしてる。時間が過ぎてしまった〜)

 

 

できる範囲で一生懸命、って言い直そうっと

 

 

 

みなさんは今日はどう過ごしますか?

 

 

 

私は書類作成

(昨夜やるはずでした)

 

 

 

頑張るっぞ!