スポーツ少年団での、楽しく充実した日々は
小学校卒業と同時に、あっという間に終わってしまった。

私は中学生になり、部活に入った。

だが、強豪校であり、勝つためだけに必死な鬼顧問には、なかなか馴染む事ができず、小学生の時はあんなに大好きだったスポーツを、楽しむ事は出来なくなっていた。


私は、ことあるごとに、部活がない日や土日休みに、当時の仲間と一緒に小学校を訪れていた。


素直でなかった私は、
友達には言えなかったけれど
コーチに会いたくて、通っていた。


コーチとの出会いは、私が入って半年ほど経ったころだった。

当時は、ほかにコーチがいたので、たまにヘルプとしてきてくれる人だった。


私にとっての第一印象は、
ニコニコした、ヒゲのおじさん(笑)
だった。

当時私は最年少だった為、周りにはすごく可愛がられていた。

まだ幼かった私は試合に出る機会もあまりなく、
飽き飽きしていた時に、ヒゲのおじさんによく遊んでもらっていた。

チョコレートが大好物だった私に、試合が終わったあとに、よくご褒美として買ってきてくれたりしてた。私はそんなヒゲのおじさんが大好きだった。


学年が上がるにつれ、そんなヒゲのおじさんとも、少しずつ関係が変わってきた。


私が5年生になる頃には、正式なコーチとなり、たまに試合に出るようになった私も、よく怒られるようになった。

6年生になりキャプテンになってからは、よく怒られた。

パワハラや体罰が厳しくなっている今とは違い、
よく怒鳴られたり、叩かれたりもした。


反抗期が始まっていた私は、父親同様、コーチにも、少し反抗的になっていた。

でも、心の奥底では、信頼関係。というものがしっかりと出来ていたから、心底嫌いなわけではなかった。


コーチは普段、仕事が終わったあと、家族がいる家には帰らずに、ほぼ毎日。ボランティアで私達のいる小学校に教えに来てくれていた。
たまに仕事で遅れる時もあったけど、いつも、土日の試合にも、来てくれていた。


性格は短気だから、練習や試合ではよく怒られたけど、試合で良いプレーが出来た時には、とても優しい笑顔で、褒めてくれた。

私はただ褒められたくて、頑張っていたような気がする。

私は、両親には十分に愛されて育ったと思う。


だから、父親の愛情がほしい。とか、そうゆう飢えはなかったハズだけど、

私にとってコーチは、第2の父親のような存在だった。


悪い時には本気で叱ってくれ、頑張った時にはたくさん褒めてくれて、いつも全力で接してくれた。

私達が卒業する時の、涙をこらえていた姿は
今でもよくおぼえている。
 
私のこれまでの人生のなかで、他人でこれほどまでに本気で接してくれた人は、あとにも、コーチだけだった。

もちろんお世話になった人。感謝すべき相手はいるけれど、コーチは私のなかでは、家族に近い存在だった。


卒業してからは、たまに会いにいくと、素直でないコーチは口も悪く、いつも茶化していたけど、いつも笑顔で迎えてくれた。


あの場所が、わたしの居場所だった。
落ち着く空間。楽しい空間だった。



7月に入り、久しぶりに遊びに行った時
コーチはいなかった。


そして、保護者からの衝撃の言葉。
〇〇コーチは子供に暴力をふるうから、辞めてもらった。だからもう来ないよ、と。


頭を、思いきり殴られたような衝撃で、真っ白になった。


あとで詳しく話を聞くと、過保護な親たちが、コーチに集団で詰め寄り、子供達のために辞めてください!!と、懇願したらしい。


それを見ていた子供達は、何も言えなかったと。




パワハラや体罰が厳しい今では、やはりひっかかってしまうだろうし。

今なら、親たちの気持ちも少しは理解できる。


でも当時は、指導をされるなかで多少の手出しは当たり前だった。
体罰だとも思わなかった。


あざが出来るほどに本気で殴られた事も、ぎゃくに殴られている姿も見た事はなかったし、いつも本気さが伝わっていたから。
背中合わせに、ちゃんと愛情も伝えてくれていたから。


私達の後輩は、入って年数が経過してる子も少なく、親たちとコーチの付き合いも、たしかに自分たちの親ほど長くはなかった。
そして、異常なほどに過保護な親が多かった。


私達が卒業してからは、体制がガラリと変わり、それを指揮していた親たちは、私達がしょっちゅう遊びに来ることも、あまり面白くなかったらしい。



コーチがいなくなり、ショックな事実をたくさん聞いて、突然。わたしの大切だった居場所が
なくなってしまったように感じた。


まだ子供だったわたしは、当時の連絡網の電話番号から、ハローページでコーチの住所をつきとめ、戻ってきてもらおうと、手紙を書いた。


でも、返事が返ってくる事はなかった。

もちろん、戻ってくることも。

素直でなく、不器用な性格だったから、おそらく返事は来ないだろう。って。

自分でもうすうす分かってはいた。


コーチとは、それっきり会ってない。


突然の別れだった。


父親に近い存在の相手が、急に居なくなった。

ものすごく、寂しかった。

周りはみんな仕方ないって言ってたけど。

私にとってはものすごく、ショックな事だった。


自分をよく分かってくれている相手が、もういない。


褒めてくれる相手も、もう自分にはいないんだって思った。


今思うと、大袈裟だけど。




末っ子で生まれて、


両親から沢山愛情を受けて育ったわたしは、甘えん坊の甘ちゃんだった。


周りから愛される環境というのが、当たり前だと思っていた。



そのぶん、身近な人が急に自分から離れていってしまうということが、耐えられなかった。

寂しかった。

ものすごく、ショックだった。


わたしの事、心配じゃないの?

って。


思いあがっていた気がする。


*当時よく聞いていた歌*

・A song for xx (浜崎あゆみ)

・my graduation(SPEED)

・フラワー(KinKi Kids)