【恋のマーケティング大作戦】第18話:同じ話が、何度も戻ってくる日の話
みなさんどうも、「Seed Daddy」ことしだちんです。第17話で書いたとおり、新しい街での生活が回り始めた頃、僕の中にはずっと引っかかっていることがありました。前の妻からの、イレギュラーなお金の相談です。あのときの僕は、「線を引けなかった」どころか、そもそも“線を引く話”を、まだ現実のものとして扱えていませんでした。⸻最初は、たぶん一回きりの話だと思っていました。「今だけ、ちょっと必要で」「子どもたちのために、これがいる」そう言われたら、僕の中で反射的にスイッチが入ります。――自分が動かなければ、子どもたちが困る。それが正しいかどうかを考える前に、体が先に動いてしまうような感覚でした。⸻でも、その“今だけ”は、終わりませんでした。一度きりじゃなく、形を変えて、何度も戻ってくる。内容は毎回ちょっと違うんです。急に必要になったもの。予定外の出費。「今月だけ、どうしても」。一つひとつは、もっともらしい。だからこそ僕は、一回ごとに真面目に考えてしまう。「これは本当に必要なのか」「どこまでが妥当なのか」「子どもたちに影響が出ない範囲はどこなのか」でも、考えているうちに、次の相談が来る。そしてまた、僕は同じところに戻される。⸻新しい街での生活は、日々続いていきます。仕事に行って、帰ってきて、彼女とごはんを食べて、彼女の子どもたちの生活のリズムがあって。「今、この家で生きている」という感覚が、少しずつ育っていく。その一方で、スマホの通知ひとつで、僕の意識は、別の時間に引き戻される。前の生活。前の家族。前の、責任。まるで、二つの世界を行ったり来たりしているみたいでした。⸻そして当然、その“揺れ”は、彼女にも見えていました。彼女は、怒鳴ったり、責めたりする人じゃありません。でも、回数が重なるにつれて、目に見えて、疲れていくのが分かりました。「あの件、どうなった?」と聞かれたときの声が、少しずつ硬くなっていく。僕はそのたびに、「今こういう状況で」「もう少し待ってほしい」と説明します。言ってることは同じ。僕の説明が同じということは、つまり、状況が前に進んでいないということでした。⸻僕は、慎重にやっているつもりでした。前の妻が投げやりにならないように、子どもたちに不利益が出ないように。ちゃんと話し合って、条件を整えて、落とし所を見つける。そういう“正しい進め方”をしているつもりでした。でも、彼女から見たら、それはただの「いつ終わるか分からない状態」だったんだと思います。⸻ある日、彼女は静かに言いました。「お願いだから……」「ちゃんと、“ここまで”って線を引いてほしい」怒っているわけじゃない。責めているわけでもない。ただ、もうこれ以上この曖昧さの中に居続けるのが、しんどい。そう言われた気がしました。その言葉を聞いたとき、僕は反射的に言い訳を探しました。「子どもたちのためで」「今は仕方なくて」「もう少し状況を見てから」でも、その瞬間、自分が何を守ろうとしているのか、分からなくなりました。子どもたちを守っているつもりで、いちばん近くにいる人を不安にさせている。その事実だけが、胸に残りました。⸻このとき初めて、僕は気づいたんだと思います。これは「お金の問題」じゃなくて、「境界線の問題」なんだ、と。そして、境界線を引くっていうのは、誰かに嫌われないために先延ばしできる話じゃない。先延ばしにすればするほど、別の場所で、別の誰かが傷ついていく。⸻その夜、僕はすぐに何かを決められたわけじゃありません。でも、ひとつだけ確かだったことがあります。もう「このまま」は、選べなくなっている。いつかやる話が、今やらないといけない話に変わった。それだけは、はっきりと分かりました。