人生と創造の会オリノです。

 

少しでも今の人間と世界について考えたことがあるならば、急激に人口が増え続けることに対して漠然とした懸念、もしくは明確な不安を感じたことがあるはずだ。

 

しかし、この重大な問題は未だに大多数の人にとっては大した問題ではないようだ。

理由としては、まず無関心であり、そんな問題は自分の私生活と関係ないと思っている。

次に、人口問題をどのように考えればよいのか分からない。

それから、内心では問題を認識しているが、人口過剰と気候変動は無関係だと主張する無責任な学者・識者を支持することで、自分の責任を回避しようとする。

そして、この問題と危機を認識しているが、主に誤った教義・信条・ヒューマニズムに囚われているために理性を働かせることが出来ない。

最後に,、誤った教義・信条・主張・ヒューマニズム・邪説に囚われ、信仰し、この問題を悪化させる側にいる。

 

上記のような者にとって、過敏に、感情的に反応する言葉がある。

 

人口の抑制・適正化・削減という言葉である。

 

これは単に、理性的で長期的な考えに基づく産児制限でしかない。

それを地球・自然が養える人口になるまで持続して行うという意味でしかない。

 

だが、理性的に思考できない者はすぐに話を感情的・妄想的に飛躍させる。

陰謀が企まれ、邪悪なものによって戦争や大災害や虐殺・粛清が行われ、自分や家族が犠牲になるのを恐れるが、

不要な人間として処分されてしまう悪夢に耽る悪趣味をも持っている。

 

非現実的神格を狂信するものは人類の悪夢が現実となるのを待ち望み、自分とその妄信者たちだけが救済されると言う。

彼らは建前では人間の生命の尊さを話すが、その適用範囲は同じ信仰を持つ人間だけに限られる。

神の正義と異教徒の生命では、何の疑いも無く前者が優先され、神・正義の名のもとに悪魔もたじろぐ残虐行為がなされる。

たとえ彼らが、貧困国・発展途上国にて人道的支援を行っていても、事態は一時的に良くなるように見えても必ず何倍にも悪化する。

彼らは今でも「産めよ、増えよ、地に満ちよ。」しか頭になく、本当の意味での人間性から支援をするのではない。

必ず教派の権威・勢力の拡大を意図している。

飢えた人に食糧を与えることで、簡単に信徒・従者・下僕を獲得でき、その子孫は生まれつきの信徒になるからだ。

そして世界に向けて、自分たちの神と信仰こそ真実であり慈悲と愛に満ちていると宣伝し、更なる金と下僕集めに利用するのだ。

支援に赴く信徒も、心の奥底には、自分が救われ死後の天国を渇望する動機がある。

そのような者は、自分の神・信仰だけが真実であり、救いをもたらすと吹聴してまわり、宗派間と人々の心に不穏な種と妄想をまき散らすのだ。

適正で、自然や動植物の生存を脅かすことのない、余裕をもって持続可能な人間の生息数という考えを、彼らには期待できない。

当然、支援を受ける側にもそのような理性的思考は欠如している。

 

人口過剰がもたらす害悪に無関係な人は存在しない。

この問題を解決するには、私たちの一部だけでも、理解できる者から考えを変えていくしか道は無い。

ここまで読んでいただきありがとう。

是非、人口過剰に関するビリー・マイヤー氏の文章も読んでいただきたい。

http://jp.figu.org/download/dl_neu/figu_in_bezug_ueberbev_2(japanisch).pdf