「バカ野郎!ふざけんなっ」
そう怒鳴ったっきり、坂本サンが黙った
ゴンドラが揺れている
俺を抱きかかえた坂本サンの腕が震えてる
くっ付いてる所から、バクバクいってる心臓の鼓動が伝わる
楽勝なはずの距離
思いのほか踏ん張りの効かなかった俺の足
挙句、窓枠に爪先が引っ掛かって
坂本サンが手ぇ伸ばしてくんなかったら…
ゴンドラの鉄柵越しに見えた地面がスゲー遠くて、今更だけど足が竦んだ
別にそれにビビった訳じゃない
けど、坂本サンの腕に捕まえられたまんま、俺も黙ってた
消防隊員の人かな
下で誰かが何か叫んでる
坂本サンは左手で俺をギュッと抱えたまま、右手で何か合図を送った
ゴンドラがゆっくり動き始める
少し揺れて
俺はまた両腕でギッチリ捕まえられた
ブルーのシャツに頬が触れる
あ…心臓、まだバクバクしてる
坂本サンのが伝染ったのか
俺の心臓までバクバクしてる
「はぁ…」
今度は溜息が聴こえた
ちょっとだけ顔を上げてみる
坂本サンはムスッとした顔で遠くを見てる
…怒ってんのかな
「あの、さ」
「なんだ?」
食い気味に返って来た、ぶっきらぼうで短い返事
俺を見ようともしない
やっぱ怒ってるよな
「…悪かった…ゴメン…なさい」
「あ?あぁ、分かればいい」
チラッと俺を見下ろして、坂本サンはすぐに目を逸らした
気の無い返事
ちゃんと謝ってんじゃねーかよ
そんな怒んなくても
でも、まぁ、俺が悪いから
礼ぐらいは…言っとかないとダメだよな
「あの…ありがと。助けてくれて」
「へ?…あぁ…フッ」
あ、笑った
なんだかちょっとホッとして
なんだかちょっと文句言いたくなった
「…何が可笑しいんだよ」
「あ、いや悪い。『ありがとう』なんて言うようなイメージ無かったから」
「は?俺だって『ありがとう』ぐらい言うわ。いや…待てよ。言った事ねーかも」
「マジで?今の、初『ありがとう』か?」
「かも」
「フッ、そりゃ貴重だな」
「だろ?」
「ちゃんと聞いときゃ良かった」
「残念。もう二度と言わねーわ」
「ハハッ、もう一回ぐらい言えよ」
だんだん地面が近づいてくるのが見える
なんか
もうちょい長くても良かったかも…
って
何言ってんだ俺
ゴンドラ乗って喜ぶなっつーの
ガキかよ
グランドのギャラリーが視界に入った
健がカメラを構えてる
そういやアイツ、記録係だったな
ふと我に返る
ちょ、待てよ
これって、なんか…
抱き合ってるみたいに見えねぇ?
見える…よな
「ちょ、もういいだろ。いつまで捕まえとく気だよ」
無性に恥ずかしくなって、坂本さんの胸を押した
「わっ⁉︎バカ、動くな!」
一瞬離れた体が引き戻されて、さっきまでよりも強く抱き締められた
っ!?
俺の心臓がドキッとしたのか、ゴンドラがガタンて音を立てたのか、どっちか分かんないけど
とにかく、下に着いてゴンドラが止まった
「はぁ~、やっと着いた」
頭の上で聞こえた気の抜けたような情けない声
ようやく坂本サンの腕が俺を解放した
「ふぅ。やっぱ地上が一番だな」
爽やかな笑顔で俺を見下ろした坂本サンが、今まで俺を離さなかった手でポンポンと俺の頭を叩いた
「もう大丈夫だぞ」
…いや、ポンポンて
人のことガキ扱いしやがって
アンタの方が、めちゃくちゃホッとしたような顔してんじゃねーか
そういやこの人、全然下見なかったし
めっちゃ震えてたし、揺れる度に手に力入ってたな
…アンタ
もしかして、高いトコ苦手?