小さい頃の事を教えてって言われて
真っ先に思い出したのは
ベランダの鉄格子みたいな柵と
氷みたいに冷たいコンクリート
それと段ボール箱
そこが俺の居場所だった
いつだったかは覚えてない
ウチのピンポンがメチャクチャ鳴って
怒鳴り声がして、ドアを蹴る音がして
家ん中にいた男の人が
車でどこかへ連れて行かれた
俺はベランダで
母さんが帰ってくるのを待ってた
段ボールの中に入って
ずっと待ってた
声がして、部屋に明かりが点いた
家の中に入ろうと思ったのに、中には母さんと知らない男の人が居た
俺はまた段ボールに戻った
音を立てちゃいけなかったのに
くしゃみが出た
窓が開いて、お酒の匂いがして
顔を上げたら、男の人が俺を見ていた
「チッ」って舌打ちが聞こえて、窓とカーテンが閉まる
俺は、もうクシャミが出ないように
口を両手で押さえて、いつの間にか眠ってた
また窓が開いた
母さんが溜息をついた
また、お酒の匂いがした
「ホント、アンタがいるとロクな事ない」
母さんは窓を閉めた
これはクシャミした罰
お酒の匂いがする母さんは
俺が罰を受けたら
魔法が解けて優しい母さんに戻るから
俺は段ボールの中で小っちゃくなって
ギュッて目を瞑ってた
俺の処置が終わっても、剛はなかなか診察室から出て来なかった
時間がかかってるのは、身体の方も診て貰ってるからだろう
怪我の原因なんかも聞かれるだろうし
でも、アイツ…ちゃんと話できるんだろうか
施設の人が付き添っては行ったけど
まさか、また隠そうなんて思ってねーだろーな
廊下の椅子に座りながら、気を揉んでいた
暫くして診察室を出てきた剛に、施設の人が神妙な顔をして何か話しかけた
なのに剛は俺を見るなり、しかめっ面をして真っ白な包帯で巻かれた手を出した
「腹減ったぁ。チョコ100万個ぐらい食えそう」
施設の人も力が抜けたんだろう
それを見てクスっと笑った
「そうだね。お腹空いたよね。さ、帰ろう」
俺達は病院を出て、車に乗り込んだ
「ふぁ~」
百万個なんて言ったくせに、二つ目のチョコを食べ終えると剛は大きなあくびをした
なんだ。もうおネムか?
からかうつもりで剛を見た
フッ…ホントに半目になってる
さすがに疲れたか
三個めのチョコを掴んだまま、少しずつ俺の腕に剛の重みが乗っかってくる
カーブで曲がった拍子に、剛がどこかへ飛んで行ってしまわないように軽く支えながら
残ったチョコを剛のポケットに仕舞った
「寝ちゃったか」
施設の人が、運転しながらバックミラーで剛の寝顔を確かめた
「正直すごく驚いてるんだ。怪我の事もそうなんだけど、剛くんがあんな顔するなんて…」
え?
あんなって…
お前、変顔とかしたっけ?
「あんな楽しそうな、嬉しそうな顔、初めて見たよ」
…
「そう…ですか?確かにコイツ人見知りだし、そんなに口数も多くないけど、変な声出して笑うし、人の事からかって喜んでますよ?」
レア感はあるかも知れないけど
「初めて見た」って…んな訳ねーだろ
「君たち、随分仲いいんだね。剛君とはどういう知り合い?」
仲良い?
そう…見えるのかな
若干照れながら、剛との事を話しているうち、あっという間に施設に着いた
「さあ、着いたよ」
施設の人が剛に声をかける
「…んー…」
寝ぼけてんのか、ふざけてんのか、剛が目を瞑ったまま俺の腕にしがみついてきた
「剛、着いたぞ」
今度は俺が声をかける
「んー…ねみぃ…」
隠れるようにして肩に顔を埋めて、剛は動かなくなった
そんな眠いのか
…起こすの可哀想だな
「俺、部屋まで運びます」
剛を抱っこして車を降りた
「そう?悪いね。じゃあ、お願いしようかな」
施設の人の後について歩きながら、少しずり落ちてきた剛を持ち上げて体勢を変えた
…あ?
ガチで眠ってるヤツにしては、やけにしっかりと両腕が俺の首に巻き付いてきた
フッ…お前
実は起きてんだろ?