あれ
ヨシ先生…どこ行った?
お引越しのこと聞こうと思ったのに
教室にはいねぇし
先生達の部屋も静かだ
あ…
もしかして
えんちょーのトコか?
えんちょー、たまーに
オレとおんなじ事考えてるからな
もうヨシ先生にお願いしてんのかもしんねぇ
じゃ、オレも一緒にお願いしねーと
よし、急げっ!
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剛に見つからないよう
子供たちが教室に戻ったのを確認して、保育園の廊下を進んだ
話はお義兄さんが戻ってから、家でと思っていたけど、ここで済ませた方がいいか…
園長室のドアを開けて振り返る
二人は、俺から少し離れたところで立ち止まっていた
何を話していたのかは分からない
でも、彼女のどこか凛とした表情は
もう覚悟を決めたとでも言っているように見えた
彼らがどう言ってこようと
何を覚悟しようと
俺達が
俺と健と剛が出会って、過ごしてきた時間は
無いものになんか出来ないし
これから共に過ごしてく未来も
失いたくない
確かに、抱き締めて貰えないまま
また離れ離れになるのは可哀想な気がする
お前は、お母さんにもちゃんと愛されてるんだって、剛を安心させてやりたいと思う
でも
過ぎてしまった時間はもう戻せない
剛への愛情に突然ピリオドを打ったのは
彼女の方だ
部屋に入るよう促そうと、廊下を戻りかけた俺の背中から
駆けてくる足音が聞こえた
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少し後ろを歩いていた彼女が
不意に俺の腕を掴んだ
「…どうかした?」
覗き込んだ彼女は、なんだか顔色が悪くて
体調はずっと落ち着いていたけれど
あの子が引金になって、また何か…
不安が頭を過る
「博、やっぱり…帰ろう」
俯いたまま小さい声で、でもハッキリと
彼女はそう言った
自分たちの心はもう決まってる
言い訳もしなくていい
「もう健に迷惑かけられない。これ以上側にいたら、辛くなる。アタシも…剛も…」
俺はふと、俺と別れると言った時の彼女を思い出していた
あの時も君は、ひとりで勝手に決めて
やけに潔く『別れる』と言ったっけ
そうやってまた、強がるんだ
自分の気持ちを無理やりどこかに押し込めて
ドアを開けた坂本さんが、振り返って俺達を見ている
……やっぱりそれじゃ駄目だ
ちゃんと向き合わなくちゃ
三宅に申し訳ないし
それに…
逃げて、心に鍵閉めて
無理やり区切りをつけたフリしちゃダメだよ
廊下の奥から聞こえた足音が
開いたドアの向こう側で止まった
「えんちょー!」
俺の腕を掴んでいる彼女の手が
ギュッと握り締められた
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あ、いた!
「えんちょー!」
ぷぷっ
なぁにビックリしてんだよ
あ、オレまだ着替えて無ぇから
本物のアラジンだと思っちゃった?
「おっ、剛くんどうした?」
あれ?
なぁんだヨシ先生、保育園静かだと思ったら外に居たのかよ
オレ、中ばっか探しちゃったじゃん
「アラジン、カッコいいけど早く着替えような。パパ、迎えに来てるぞー」
あぁ、健なら待たしときゃいいって
どうせだから
このまま健もビックリさせちゃおっかな
うひっ
んな事より
「ヨシ先生さぁ、えんちょーと一緒に寝てくんねぇ?」
「え??俺?」
あ、先生の目
デッカくなっちゃった
うひゃっ