今年もダービーがさも高尚な行事のように扱われる時期が来た。たかが博打なのだが、公営であるからゆるされ。
しかも天皇賞まである国家ぐるみの博打である。博打も国家が絡めば高尚に扱われる。私にしてみれば、競馬も賭け麻雀も変わらない博打である。
なぜ競馬が行われているのか?それはもともと軍用馬の育成のためだったのだ。軍のために良馬を育てるために始められた。今は税収のために行われている。国がやっていい博打を決め、それは税金を取りやすいものに限られるだけの話である。
競馬が純粋な競技なら高尚だが、主な目的は博打だよ。麻雀と何が違うのか?馬が好きかどうかは人によるし、欧州がやっているから高尚と言うのはさらに愚かな意見だ。
私は競馬も競輪も嫌いではないが、高尚って感覚は全くない。あれは博打だ。
本日2020年5月31日の天声人語から。今日は三浦按針の話。三浦按針が偉人かどうかは人によるが、異国でそれなりの地位になったのは大した人間かも知れない。
上官と対立したり、故国と日本に妻子がいて、偉人らしくないという。天声人語は無茶苦茶だ。日本の偉人には側室を大量に抱えた人間もいれば、上司に逆らうどころか主君を討ち果たした人間もいる。何が偉人の条件か、さっぱりわからない。
最後は日英は意外と遠いと言う、コロナで延期になったから。この筆者は考えて書いてるんだろうか?まったく共感できない。なぜ、今日英が遠いと言わなければならないのだろう。
この処分は厳しいのかどうかわからない。朝日新聞がどういう基準のもとにこれを決定したかわからない。
他人に求めるほど説明責任を果たしているとも思わない。誰がどういうきっかけでこの集まりをいつから行っていたのか?ちっとも明らかにせず、処分だけして幕引きを図ろうとする姿は政府と同じである。社員の処分より先に詳細を報道することが使命のはずで、その情報源を持っているにもかかわらず追求しない。これでは、他人への追及ができるわけがない。
処分は軽くないが、裏取引がないとも言い切れない。
今一度よく考えてもらいたい。