コロナな専門家会議は議事録がなかった。議事録を作らない会議は無責任な発言が多い。誰も確かなことが言えない新しいウィルスだったので、残したくなかったのだろう。で、集団の責任にする。責任は集団なあるのはわかっているが、議論の過程がわからないのは振り返る手段がない。太平洋戦争もそうだが日本が苦手なのが振り返り分析することだ。誰がではなく、どうしてがわからないと防止できない。
専門家会議は専門家の集団だからなんらかの根拠で発言されたはずだ。それを記録したくない専門家はいないと思いたい。残るは厚労省や政府の発言がある場合は残したくないだろうなと思う。
専門家会議は議事録がないことで評価を落とした。なんの専門家なのか?政府に都合が良い意見をまとめる専門家か。専門家の矜持はないらしい。
本日2020年5月29日の天声人語は、東京五輪エンブレムとコロナウィルスを掛け合わせたパロディーの話。
日本外国特派員協会が作成したのだが、大会組織委員会から訴えられて取り下げた。
是非は色々な意見があるだろう。私の感覚は、ちょっと嫌だなである。まるでコロナが蔓延した原因が東京五輪にあると言われているようだ。または、東京五輪がコロナウィルスと同様な災厄であると言っているかのようだ。
日本人は社会風刺の根が細いと言うのが天声人語の主張である。いや、江戸時代から風刺はあった気がする。日本人の良いか悪いか特徴に空気を読むと言うのがある。日本外国特派員協会もちょっと誤解を招きそうだと理解したからあっさり引き下がったのかと思う。図柄は素晴らしい発想だし確かに似てるな面白いと思ったが、コロナウィルスの悪いイメージを結びつけると負の意味が強すぎる。絵としては面白いが風刺としては意味が独り歩きしかねない。
こんなことで日本を卑下する必要があるのか?
本日2020年5月28日の天声人語はテラスハウスである。極端な悪意を抑えることと、表現の自由のバランスは難しいとか、わかったようなことをおっしゃる。
匿名の無責任な発言が表現の自由か?メディアの表現の自由とはいったいなんなんだよ。自分たちの身勝手な報道を守りたいだけだろ。都合の良い勝手なネットの意見を拾ったり、政府批判を盛り上げ炎上させたりしたいメディアにとっては無責任発言を否定するわけにはいかんと言うことか?愚かなことだ。

最後にスマホに乗せたこの指が誰かを追い詰めはしないか気にとめたいそうだ。それは気休めかね?この問題が何気ない投稿が原因だと思っているのか。人を誹謗中傷して傷付けたいと思っている奴が指をとめるのは、言葉が足りないとか弱いとか感じた時だろ。浅い言葉だな。