毎度おなじみの他人事のように語る天声人語についてです。
本日2014年7月9日は、脱法ハーブについてです。
まず、川柳「一歩出りゃ縁も所縁もない被害」を引用したことが気に入らない。この句は被害者に配慮があるとは思えない。川柳コーナーは勝手にやってもらえばいいが、死者も出ている被害にあった人に配慮した句とは言い難い。何が面白いのか?
脱法ハーブの語感についても、政府が検討していると記載しているが、メディアが率先してできることではないか。各社と協力できるだろ。
日頃、ペンの力を自認しているメディアは、こんな時はペンの力を使わない。言葉の力を軽視する。報道の自由ばかりを言い、役割を果たしていない。
このように、自分達の責任を棚上げし他人事のように意見を言うので「天声」なんだな。
変に納得した。
戦後70年が経とうとしている。戦後とは、第二次世界大戦、日本では太平洋戦争終結後である。
近代史において、これほど戦争の間隔が開いたことはない。そのため、戦後処理は終わっているにも係わらずずっと責任を問われている。最後の世界大戦だったことで終わりがなくなっている。
今更、中国や韓国が言うのは、違和感がある。
韓国はそうやって大国間を生き延びてきたので仕方がないが、中国は戦術的に使っているだけだろう。
言いたいことは何年経てば終わるのかということである。ナチスのユダヤ人虐殺は犯罪だが、それも時効な気もするが、日本は細かい戦争犯罪はあっても、当時の国際法上、真珠湾以外は違法ではないはずだ。そういうと実も蓋もないので、謝ってすむなら謝っとけば?と思う。経済援助は十分やっているので、攻めたのは事実だから謝るのもありだ。
その上で、自国を守る軍備を整えることは文句を言われる筋合いはない。日本人は謝ることイコール切腹みたいなところがあるが、そうではない。謝った後に握手できるはずだ。戦争は戦争、今は今、今、日本の世界への貢献度は恥じるものではない。謝ったことで萎縮することがないように心がけねばならない。先に述べたとおり戦後処理は終わっているのだ。
大東亜共栄圏の思想は立派だがやったことには問題があるので、そこは反省しよう。せっかく、国体を保って生き延びたのだから、ここらで終わりにしたいものだ。
子供に、スマホを持たせるか持たせないか。
使い方、ルールを決めるかどうか。
自殺した子はなぜ自殺?
加害者は多数だが、自覚はない。
加害者の親は責任を棚に上げる。評論家が理由を無理矢理つける。でもね、生物ってのは生きられないほど密度があがると、種を残すために変異をする。
バッタは飛蝗となり、なんとか鼠は新天地を求めて大群で水に入る。
どっちが生き残るかわからないが、性格は極端になっていく。生きることがストレスならば死を選ぶ。幸い人間は自殺できる。自殺できないものは人を殺す。人も殺せなければ、ハーブで恐怖を麻痺させる。昔は戦争で一気に減ったが、今は平和な世界、そんなことはおこらない。
斯くして、地道で陰湿な人減らしが続いているのだ。