本日の天声人語の最後の節に、沖縄の基地問題の原因は米軍か政府か私たちかという問いがあった。この「私たち」について揚げ足をとりたいと思う。
私たちとは、メディアのことか?それならば間違いなく責任はある。メディアは無責任に騒ぎ立てるだけ、騒ぎをあおるだけで解決策を持たない。
この原因も太平洋戦争にあるとするなら、戦争を起こした責任もメディアにある。このときも無責任に煽り戦争に駆り立てた。NHKによれば、不買運動に負け主張を変えていったようだ。なのでメディアは良識ではなく、テレビの視聴率と同じく読者の顔色をうかがっているだけなのである。その責任は大きい。
で、基地問題であるが、誰の責任かを問う意味があるとは思えない。解決策を見いだすことに意味がある。そういう意味でまったく役に立たない感想のような作文的な記事だなと思う次第である。
私たちが大衆であるとするなら、新聞は自分の立場を忘れている。大衆は、自分に影響のないことには大概無関心だ。その責任を問うても響かないし独りよがりな発言になってしまう。
というように安易かつ無責任な発言だなと感じる。
安全保障法制を見ると、支援の範囲が広すぎる気がする。できるようにしておくだけならよいが、安倍氏にそのような考えはなく直ちに有効活用しそうである。自民党単独過半数の国会の歯止めがどこまで効くのか?推進しているのだから歯止めにはならないな。
審議を長引かせるのは即応の趣旨に反するので、次の総選挙までは仕方がないなぁ。
2015年5月11日本日の天声人語から。
「憲法99条は天皇、大臣、国会議員、公務員らに、憲法を尊重し擁護する義務を負わせる。」という書かれている。
なるほどと思った。自民党の改正案は国民に憲法尊重の義務を負わせることになっているらしい。
まぁ、揚げ足取りと言えば揚げ足取りであるが、自民党が憲法で国民を縛ろうとしていることは理解できた。
憲法は、国民投票により改正できることは誰もが知っている。安保問題など反米が盛り上がったころにも、
憲法改正はされていない。
押し付けだろうが、憲法自体は定着していると思っている。日本語としてどうかと思うところはあるのと、不足している部分もあると思うが、
全てを憲法で賄うことは無理である以上、不足は他の法律で補うことが可能である。
各党が、憲法の策定経緯を議論していることが何とも無意味に思う。
内容を議論してほしいと思う。別に9条に限らず、現代にそぐわない内容があれば修正を起案することは国会の役割である。
自主憲法を策定することが国会の役割ではない。そのような無駄な議論をするならば税金の無駄である。
自民党は論理のすり替えを狙っているような気がしてならない。
ところで、恒久法「国際平和支援法案」の文案が開示された。また、安全保障法制の全体が示された。内容的にはこれまでと何が変わるかというと、
後方支援が可能かどうかである。これまでは、戦争・戦闘行為の後方支援は不可であったが、それを恒久的に可能とすることであると理解した。
これ自体、戦闘行為を肯定することとなり、気分的にはなし崩し的な感が否めない。
だが、戦闘行為なしで武力を持ち暴れようとしている集団をどのように止めることができるのか、非常に難しい問題である。
それだけではなく、ロシアや中国のような国連の常任理事国の横暴を、それ以外の常任理事国が横暴を働く可能性も当然あるが、どのように止めるのか?
ロシアはウクライナに手をかけ、中国は南沙に居座ろうとしている。このような事態に、日本はどのように対処しようとしているのか?
これまでの憲法に即せば、外交により解決することとなるが、外交が通用しない相手である。米国だのみとなるだろうが、米国はそこまでの面倒は見られない雰囲気である。では、どうすればよいのか?
軍事的な主導を目指すことはできない。後方支援では、効果が薄い。どうするのか?
現憲法では、外交を試みながらほっておくということになる。それではいけないのか?
本当に我が国の国力で武力で解決できるのか。
この日本がどのように解決を図ろうとするのか、諸外国はそのときの状況により意見が変わる。あるときは軍事協力を言い、あるときは軍国主義を懸念するので、スタンスを決めて説明するしかないだろう。
安倍氏をはじめ多くの政党は、軍事的解決を目指していると思う。
でもやっぱり私は他国の戦争には関与しない方がいいな。自国は守るのならやぶさかでないけどね。