夏の終戦記念日前後にはこの手の映画が多い。蛍の墓もそうだが、これは見ない。
硫黄島からの手紙を見た。本当は「いおうじま」じゃなく「いおうとう」だけど、米国人が間違えて覚えてしまったので仕方がない。
これを見て、日本の戦争が如何に間違ったものだったかがわかる。脚色されているので鵜呑みは禁物だが、有り得ることばかりだ。
玉砕、自決、理不尽な憲兵、万歳突撃、補給も支援もない持久戦。玉砕をしたがる士官。理不尽と思いつつ、無意味と思いつつ戦い死んで行く兵士。
こんなんで勝てるわけがない。こんな状態で戦いを続けた戦争指導者はやはり戦犯である。日本国民に対してなんと理不尽なことをしたのか?軍や憲兵は国民の味方とは思えず、国をダメにした。死んでお詫びとは都合がよい話だ。
今さらこんな戦争をすることはあるまい。日本も欧米化し個を重視するようになった。行きすぎた感はあるが。
世界を知っている士官もいた。彼らは戦うべきではないとわかっているが、帝国軍人であり、突撃に至る。海外では、弾薬尽きたら投降すると思うのだが。
で、我々のやるべきことは何か、節目というならくだらん談話よりそれを考えてもらいたいものだ。
いったい、遺産や遺跡に何の意味があるのだろう?
ニュースで、世界遺産の話題や破壊の話題が出る度にそう思う。
日本の寺社仏閣もそうだが、時代の求めに応じて作られてきた。それを教訓とすることには意味を感じるが、世界遺産とか明らかに商用目的が優先している。ようするに観光資源である。
当時として技術の粋を結集して作られたものだ。それが残り遺産となったに過ぎない。意味のあるものは、人々が必要としているから現在も使用され続けている。時代が変わり使われなくなってしまった遺跡をむやみに世界遺産に登録する必要性はない。今の世界遺産のあり方には疑問を感じる。何も残すために作ったわけではないのだ。
タリバンやISによる遺跡の破壊が報道される度に、それがどうしたと思う。すごい悪いことのように報道するが、大量殺戮の方がよほど悪い。遺跡など過去のもので、現在の命をどう守るかが最大の問題である。遺跡など二の次、残ればラッキーである。
破壊も歴史の一部である。
IS、自称イスラム国はなぜなくならないのだろう?
世界に不満がくすぶっているのか?イスラム国の兵士となれば、それは解消されるのか?
どうせなら、理不尽なもの同士、中国とISでぶつかってもらえないか?
中国内にもイスラム教徒はたくさんいるだろうが。
テロを推奨するわけではない。理不尽な国に苦しむ人たちがいる。その元凶を絶ちたいだけだ。
戦争をしない解決策を考えることが、日本の憲法の精神である。日本は集団的自衛権の前にやること、できることがたくさんあるのではないか?独自の外交ルートも持たず、諜報能力もない国では無理なことも多いが、これからでも作って行くべきなのではないか?石油をはじめとするエネルギーを手に入れることだけが外交ではないはずだ。