安倍氏は、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣されている自衛隊に死傷者が出た場合、首相辞任の覚悟を持つ必要があると言ったそうだ。「辞任する覚悟はあるか」との質問した方もバカだが、「もとより(自衛隊の)最高指揮官の立場でそういう覚悟を持たなければいけない」と答えた首相もバカだ。どうせ覚悟を持つなら、首相も死ぬぐらいの覚悟がいい。PKOの目的も果たさず首相を辞めるのは無責任だ。死傷者って怪我してもだめなのかね?安倍政権は、危険な任務に踏み込んでPKOに参加すると言う法を各界の反対を押し切って決めたのだから、辞めて済む話ではない。なんとしてもPKOを成功させることが責務である。覚悟とはそういうものだ。戦前世代はこれだから困る。辞任すればいいと思ってやがる。
辞任するって、死傷者が出たら撤退するのか?他の国々で死傷者が出ているのに、一人怪我したら撤退するの?そんな覚悟でこの無茶苦茶な閣議決定したの?
憲法改正も覚悟をもってやってるわけじゃないってことだね、きっと。辞めりゃすむ程度の覚悟しかない奴に任せられるか!
米国の政策に世界が騒いでいる。これほど世界は米国に依存しているのだと改めて思った。
米国と言えども一つの国である以上、米国自身の安定なくして国際貢献はないと思うのだが、世界は米国に依存している。
米国のエグゼクティブはグローバルから還元されているので、グローバル化を優先する。米国の下層な方々は、グローバルに奪われていると感じているので、グローバル化を否定する。メディアは、エグゼクティブに属するようだが、グローバル化のメリットが大きいことはわかりきったこととして、グローバル化と保護主義とでどちらのメリットが大きいかを大衆に伝えていない。伝える能力もないのかもしれない。わかろうとしないのかもしれないが、伝わっていないことは確かである。なぜか?
エグゼクティブと呼ばれる人たちが得るためには失う人たちがいないと成り立たないからだ。それが、国内であろうが海外であろうがどうでもよいのだ。エグゼクティブ層は、得るものを得て国際貢献をしてさらに得ようとし、国内で失ったと感じている人たちは自分たちには可能性が無いことに気付きいい加減にしろと言いだした。

米国は持つ人と持たない人が2極化していることがわかる。
これはいずれ世界に広がる。米国が主導した世界は、基本的に米国と同じ価値観で構成されている。その場合、持つ人と持たない人の2極化が進み、いずれ同様に爆発する。世界は、国家間の争いがなくなり、宗教的な争いは見かけ上で、国家を超えて、持つ人と持たない人の争いになりつつある。その始まりが米国だ。今、持たない人たちは国家に期待しているので、国家ごとにばらばらだ。国家間で連携しないうちは、国単位では共通の敵を作ることが可能だ。それが米国にとってのイスラム国家である。今回、本当の敵がそうではなく自国のエグゼクティブだと思い始めた。その挙句に選んだのがトランプ大統領ってのがちょっと寒い感じだが、目くらましにはちょうどいいのかもしれないな。トランプ大統領は暴走しているようで、実はアメリカンエグゼクティブによりコントロールされているのだ。仮想敵に向かって衆人を導き束の間の高揚を得る。結果は、いずれにしても米国エグゼクティブは痛まない。
ミャンマーの少数民族問題はさらに混沌としてきた。ミャンマーの人たちは仏教徒なので宗教にこだわりないのかと思っていたが、違ったようだ。
日本は仏教は儀礼的なものなので執着がないのだが、迫害につながるほど信仰心があるのだねぇ。ビルマの竪琴の人は僧侶となったが、そんな他人を迫害する宗教には見えなかったが。ロヒンギャ以外にも少数民族がいくつかあるようだ。
アナン元国連事務総長はロヒンギャについて迫害等の人道的問題なしと報告したと記憶している。実際はどうなのか?
一つのビデオ映像で全てを判断するのは短絡的だ。一部の出来事化も知れない。しかし、何もないとも思えない。

彼らは国籍がない。とにかく、国籍を与えどの国の法のもとに存在し保護されるのかを明確にしなければならない。
ミャンマーは政治的にそれができないということだ。仏教徒と軍部の合意が取れないと先に進めないらしいので、アウンサンスーチーさんにもすぐにはどうしようもないらしい。あの土地を借款して、治外法権にするとか、しないとだめかねぇ、中国みたいに。