住んでいる市の公園のテニスコートのお年を召された方を見ると、日本でテニス選手が育たない理由がわかる。
じじいとか年寄りは礼儀にはうるさいが、自分たちはブラッシングとかしない。一応、使用のルールとしては終わったらブラッシングすることになっているが、やらない年寄りは多い。なぜだかわからない。礼儀にはうるさいのだが、ルールは守らない、精神論的である。
礼儀を厳しくすることはよいのだが、テニスをしようという子どもに対して、過度に厳しい。公園のコートなので、球が飛んでったりするのは当然であるが、それに対して謝ってるのに怒ったり。じじいは小技が上手であまり球が飛んで行かないんだよね。子どもは力いっぱいラケットふるとたまに当たり所が悪くて飛んでったりする。
結局、公園でうるさく怒られるとやる気がなくなる。挙句の果てにブラッシングもせずに帰るようなじじいに怒られると、テニスやっているじじいに人格者はいない気がするよ。市民コートで主のような態度とられてもねぇ。
ルールを守らん奴の精神論では、やる気もなくなるし、目指す気もなくなる。そういう価値観が強い間は、選手は育たないよなぁ。
裾野も広がらんし、結果としてスポーツとして発展することもない。これだけ市民コートなど施設があっても硬式は高校からだったりするしで若いプレーヤーは少ない。スクールは盛況でまぁお金もかかるからというのもあるけど、過剰になりつつはあるね。
とにかく、あぁいうじじいたちの姿を見ると正直むかつくんだよね。次回はそんなじじいと近くにならないように祈ろう。
記事を見ると、まぁ、記者も記者だなと思う。揚げ足取りを繰り返ししたようだ。こういう記者は辞めてもらいたい。変な話が焦点となり本質を見失う。自分が正義と思っているのかもしれないが、それは読者が決めることだ。
政府は、避難指示区域と避難指示区域外の避難者の扱いが異なると言っている。それはそういう決めでやっているのでそうなるのだ。記者は、避難指示区域外の避難者をどうするのかと詰め寄り、福島県が対応することになっているらしいのだが、それでいいのか言い続け、こうなったらしい。
記者は、大臣に詰め寄るのが仕事ではない。言い方は極端だが、世論を形成するのが仕事だ。事実としてそうなっていることについて、個人的な感情を問いただして意味があるのか?揚げ足を取ったり、失言を引き出すことに意味があるのか?

やはり記者の品質が落ちているのだろうか。それとも個の問題だろうか。
線はどこかで引かなければならないので、線を引いた以上、何らかの差が出るのは仕方がないよねぇ。そりゃ線のすぐ外にいる人は気分的にはすっきりしないだろうけどね。どこまで行っても線の問題は残るから。

シリアで化学兵器が使われたらしい。ロシアは、反体制派の化学兵器保管庫が爆撃されたためだと言っている。
どちらが正しいのか国連が調査をすべきだろう。それを常任理事国は拒否するべきではない。
調査すら拒否するのであれば、やましいところがあるからと思われても仕方がない。