最近、都民ファーストの人気に陰りが出てきたと言われている。葛飾区議会の選挙でも5人の候補中1人しか当選しなかったそうだ。都民は不思議な人たちだ。何を考えて支持しているのだろうか?
巨大な敵があって初めて意味のある政党だったのだろうか。確かに、都議会はおかしな感じだった。ドンと呼ばれる一議員の意向が大きく影響をおよぼすようなおかしな組織だった。都議会選挙でそれはほぼ達成された。公明党とも仲良くなった。それは巨大な共通の敵があったからだ。都民は、小池氏を支持したわけではなさそうだ。結局、都議会自民党や現在の慣例を拒否したのだろう。それが壊されたところで、勢いは静まった。豊洲問題は未だに解決していないように思える。移転が遅れたために廃業する業者もある。築地の活用方法によっては豊洲市場の商業施設は撤退を含めた見直しを打ち出した。商業施設が立ち行かなければ豊洲市場の運営も活性化は限定的となり、受け入れ側の江東区は難色を示している。何かをやるときに人は何かを我慢することになる。それが落ち着いて来た時にちゃぶ台返しをした結果、これまでと違う我慢を強いられる。不満が噴出することだろう。これは、辺野古も似ている。自民党が進めてきてみんな落ち着いて来た時に民主党が見直しをぶち上げ結果として何も変えられれず混乱した例だ。結果として豊洲市場もまだ収束していないように見える。
もはや安全と安心とか言葉遊びも空しい話だ。安心は個人の主観なのでなぜそんなあいまいな方に話を持って行ったのか理解に苦しむ。それよりも都は安全宣言すらできていない。安全とは、定められた安全基準を満たしていることだ。なぜそれができないのか?安心を前面に出してしまった小池氏はそれができないのだ。安全宣言だけでは、安心を主張したことと自己矛盾を起こしてしまう。結果、安全宣言もないまま豊洲移転は進められるのだ。この問題は、誰もが納得する解決にはならないだろう。そこに、期待に対する裏切りが残る。

小池氏が国政への進出を匂わしたところからおかしくなったように見た目は見えるのだが、そもそもは違う気がする。小池氏の方針がすべてであった初期の段階から、組織化の段階に移ったときにひずみが生じたようだ。小池氏の方針に賛同しその伝道師として活動していた人たちは、組織化に際して小池氏の仲間ではないことに気付かされた。しかも、仲立ちする人もいない。誰もが小池氏にすりすりするだけで、組織化できる人がいない。すりすり度により序列を決めようとするので、すりすりしない人たちは疎まれる。

小泉氏は、衆議院選挙後何かと叫びをあげるようになったが、これは多分パフォーマンスである。自民党内でブラックボックスだと言われていることに対して、言いたいことを言えるというイメージである。ま、言い分が通らないという憤りもあるのだろうが、それだけではない。自民党は言いたいことを言えるということを示したいのだ。民進党との違いは、本当に決定に逆らうかどうかだ。民進党は党のまとまりに欠ける議員たちが言いたいこと言い、最後まで逆らう。選挙後も逆らう。だが、小泉氏は最後は党の方針に逆らわない。そこがうまいところだ。パフォーマンスと現実をうまく繋げている。
小池氏の組織化はその点を失敗している。周りが無能だったことは明確だ。だから、都知事としての小池氏はまだ支持があるだろうが、組織としての都民ファーストも希望の党も議員からも有権者からも排除されるようになった。都民ファーストの今後は小池氏の成果にかかっている。希望の党は特に生き残る道があるような気はしない。もはや主張が何かもあいまいでわからない党であり第二民進党なので、存在価値がないのだ。小池氏もここまでか。
韓国でトランプ大統領を迎えた晩さん会で、韓国で言う独島エビが出されたことと、慰安婦が招待されていたことが、日本政府の気分を害することの想像がつかなかったそうだ。
日本国民はどう思っているかは、私にもわからないが、各メディアは抗議する側の報道を中心にしているので、メディアとしては抗議するのが当然という風潮なのだろう。
今まで同じようなことで問題になって来たのだから、抗議してくるだろうとは思っていたろうよ。
これの意味はトランプ氏に対してではなく、この映像が世界中のニュースで流れると言うことだ。で、独島って韓国にあるのねっとか、慰安婦って問題があるのねっとか世界に拡散することが目的だろう。
日本は抗議はとりあえずやっておくしかないが、抗議だけではなくプロパガンダの方法をもっと考えるべきだ。前にも言ったなぁ。
昨日のテレビ朝日のシン・ゴジラの視聴率はよかったそうだ。いやぁ、途中で寝ちゃって。庵野氏の映画だから、エヴァと同じでシーンの切替が早くて疲れてしまったのかもしれない。
それで、ちょっと調べてみた。これまでのゴジラは何で日本を襲ったのかが無理やりでもわかったのだが、今回はわからなかったので。
そうすると、「主題が政府の危機管理の実態でありゴジラ自体には意味がない」というような意見が多かった。もしくは、牧教授と研修者が意図的に連れてきたとか。ここは、結局あいまいにされているようだ。多分、牧教授が意図的に連れてきたように見せかけているが、その科学的根拠が思いつかなかったのであいまいにしたのだろう。でもそれは本題ではないので、どうでもいいことなのだ。ゴジラは、日本に来て暴れる、その理由は適当でいいのだ。

で、危機管理が続くわけだが、そういう映画を見たい人には高評価だったようだ。科学的なストーリーを期待する人には今一つ。ただ、従来のゴジラより展開が早く、パニック映画としては良いかも。で、寝てしまったので結末も最後の苦労してゴジラを倒す仕組みもわからずで、評価にならない状況だ。

危機管理として見ると、実態のわからない危機に対して、動きが遅いのが特徴だ。ゴジラが日本にとって危機なのかどうか判断できないままに、いつの間にか攻撃を行う。ここが一番?な部分だった。得体のしれない生物の場合もうちょっと様子を見るような気がするが、割といきなり攻撃する。まぁ、攻撃して勝てばいいわけで、攻撃すること自体は悪くはない。で一回どこかに行ってまた相模湾から上陸。なんで?最初の上陸で何かいいことがあったのだろうか?ゴジラは破壊力が大きい兵器を使うようになるが、エサもわからんしなぁ。いかんかん、理由を考えてはいけないのだった。危機管理で内閣が避難するのだが、ゴジラの攻撃で死んじゃう。そして対策本部は立川に行くのだが、近いんじゃね?どうせなら芦ノ湖の地下がよかったが、Nerfが本当にあるわけじゃないし。
でも、みんな頑張ったと思うんだよね。普通、だいたいの災害は予想がつく。津波も起こる可能性はわかっていた。大きすぎたとかはあるが、得体の知れいないことってない。火山が噴火しようが台風が来ようが理屈がわかる。理屈がわからない災害は、例えば中国が侵攻して来たとかだろうか。北朝鮮が攻撃して来たとかだろうか。いや、それらでさえある想定がされているはずだ。本当にわけのわからない災害なんてない。ゴジラは誰も実在すると思っていないから、想定されていない。だから通常の危機管理では対処できない。その中で、非難を判断したり、攻撃を判断したり、時間がかかってもこれ以上どうしろって言うのかってところだ。そういう意味で、福島の原発事故とは、全く違うのだ。福島第一原発で起こった事故は、人が把握できるレベルの事故だった。あの時点でメルトダウンは当然予測の範囲内に入っていた。ゴジラは全く予想できない。その場合の危機管理は、のんびりしたものになる。わからないのだから、焦っても仕方がないのだ。わからないのだから、わかるのを待つしかないのだ。その中で、攻撃を判断したのは上出来ではないか。というところだ。国会というものは出てこないな。政府だけだ。有事に国会なんてやってられないのだ。

そこまで来ると、もう見る必要がなくなる。後はどう攻撃するかだけだ。どうやってゴジラを止めるかと、続編への仕込みをどうするかになる。実際に続編が出るかどうかは別として、仕込みは大事だから。
ということで、第5形態が出そうになりつつ、血液凝固剤で血液の循環を止めることで生体原子炉を緊急停止させることに成功する。ここはご都合主義ですから、原子炉の冷却材である血液を止めた場合、原子炉の暴走か停止かどちらかしかない。ゴジラは緊急停止装置を持っていたということだった。

映画を楽しめるかどうかは、個人の感覚だから、人の意見は参考にならないけどね。