香川の児童相談所が、本来作成すべきアセスメントシートすら記載していなかったという記事があった。東京への移転に伴う引継ぎもいい加減だったようだ。で虐待死になった。
私は、虐待死の責任は虐待する人間にあると思っているので、この幼児の両親は死刑にすべきだと思っている。なので今更児相の職員をどうのこうのと言うつもりはない。抵抗できない幼児に暴力をふるい死に至らしめるなど人間がなすべきことではない。それを止めなかった者も同罪だ。
しかし、児相の改善は必要である。改善するためには、何が原因かが重要だ。人手不足なら人手を増やすのだが予算がないだろうから案件の優先順位を適切に判断することが重要だろうと思う。なんにせよ、決められたことすらできていないことはかなりの問題なので、早々の解決を期待したい。

くれぐれも、児相が幼児を殺したわけではないので注意してもらいたい。幼児を殺したのは保護者である。殺害の全責任は保護者にある。児相は回避させることができたかもしれないぐらいのものである。

日本人は責任感が妙に強い。特に他人の責任については非常に厳しかったりする。それで馬鹿みたいに行政の責任とか言うことがあるが、それはおバカ民族の米国で個人の判断力がないこと前提の対応が当たり前であるのと似ているが、実は異なる。電子レンジで猫を乾かそうとすることが注意書きを書かなかったメーカーの責任と考える米国とはちょいと違う。ただ、人の責任にする風潮は輸入されている。
一つの原因で物事が発生することは基本ないので、注意が必要である。同じバカ民族になってはいけない。
朝日新聞のコラムはなぜこうも他人事なのかと思う。今日のコラムは、米中とイスラエルの関係についてだった。イスラエルが米国との関係を最重要と考えながらも中国市場への進出を進め、技術情報を入手したい中国との関係が強化されているというものだが、日本への影響や日本としてどうすればというような内容が一言もない。ただの傍観者的な野次馬的な内容に終始している。余計な装飾が多いので紙面は大きいが内容は薄く問題提起もない。
もうちょっと何とかならないのかね?どうして傍観者的に記事がかけるのか不思議でしょうがない。平和ボケなのか関心がないのか、どちらにせよ大事な部分がない感じだが、新聞はこんなものか。
バチカンは中国で勢力を広げるためにとりあえず妥協したようだ。中国もバチカンも気が長いからな。今回は、司教の指名権を中国側に譲るようだが、それで布教ができ信者の拡大ができるのであればバチカンにはメリットがあると思われる。なんだかんだ言って、宗教は神への信仰なので宗教上の争いになればバチカンに分があると考えたのかもしれない。中国側としては、どこまで制御できるかであるが、神よりも中国共産党を上に置く教義を広めることが理想だろう。人道上の問題を棚上げできるのもメリットか。
バチカンが中国だけを特別扱いするこちには不公平感が生じるだろうが、神は中国の信者を救いたいのだろう。それともバチカンが儲けたいだけか?

どちらも私には無用なものでしかないのだが。