これは、日本側のグループAからの除外に対する報復だろうが、日本と違って韓国は何をやるかわからない。
日本はルールとして管理を強化するが、手続きさえ問題なければ輸出は認めるだろう。しかし韓国は違う。彼らほど何もかもごちゃ混ぜにした対応をする国はない。なので、優遇措置をしないだけでなく、裏では難癖付けて認めないだろう。そういう国である。
これ以外にも、五輪ボイコットという意見が出ているようだ。早くボイコットしないかな。ボイコットせずに参加すると、必ず選手による政治的パフォーマンスが行われるだろう。そういう国だ。あれは非常に見苦しいが、韓国人受けする。
日本は根回しを怠ってはいけない。韓国は提訴するとしたらそれなりに工作を行った後だろう。今は工作の時間稼ぎ中のはずだ。外務省も経産省も情報を集めて対策を怠らないようにしなければ、理屈で勝っても感情で負ける。いわゆる政府代表なんて議決に関係なければ好き放題発言できる。
それをさせないようにすることが重要だ。
お互いにお互いを無礼と言う国と国同士なので、もはや関係は破綻する。韓国相手に紳士のようにふるまう理由もない。それに紳士的にふるまうってどういうことを言うのか?紳士だって理不尽に決闘を申し込まれたら受けて立つ。うまくやっていくということは具体的に何をすることか?日本から韓国にどれだけの貿易があろうと、これについては関係ない。たとえ6兆円でもである。金でプライドを売るのがれいわ新選組だ。新選組とは聞いてあきれる。れいわ芹沢鴨にした方がいい。商家から金を巻き上げてはいたが志のあった芹沢鴨先生に失礼だったかな。日韓問題を内政のカモフラージュとしているのは韓国で、日本で日本国内問題がそれで誤魔化されたとは思っていない。日本的なうまいことやれってのは、なんなんだろう。韓国の言うとおりにしろってことか?話し合えば相手も譲ると思ったら大間違いだぞ。亀裂なんて入ればよい。民間は繋がっている。民間も切れるかも知れないが、そのときは救いようはない。冷静に冷静にって熱くなっているのは韓国政府であって、日本はそれに合わせているだけだ。国益が何かを考えたときに、本当に韓国に譲り続けることが正しいのか?表面上、きれいな言葉を並べているように思えてならない。だって、具体的にどうするかって内容が何一つないんだもん。紳士的にふるまえ、バカじゃねーのって思う。ちんぴらみたいな言動を繰り返しているのは韓国だ。
山本氏の発言は短絡的で何一つ具体的な解決策がない。お互いに話合えば落としどころが見つかると言う安直で無責任な発言だ。そして損得のみを取り上げるくせに、紳士的にという。隣近所でも付き合いたくない奴とは付き合わないだけのこと。韓国からのリスペクトが期待できないんだから、尊敬しあって仕事をしていくという理想論は成り立たない。山本氏は謝り倒せるだろうな、6兆円のためになんでもできるみたいだから。れいわ新選組は前例のないことをするが、所詮は色物だな。
しかし、韓国は他国や他人を非難させたら一流だな。よくまぁ次から次へと汚い言葉が浮かんでくるなぁ。リストでもあるんだろうか。
私は津田大介氏が嫌いである。あまり主張も合わない。
しかし、馬鹿みたいに展示会に対して抗議や脅迫する野郎はクズだ。もっと嫌いである。自分と違う主張があることを認めなければ、自由はない。逆に自分が少数派であったら主張することができなくなるのに、それすら理解できない日本人はやはり民主主義にそぐわない気がする。自由とは選択ができることだ。他人の邪魔をするのではなく、自分の主張を行うことだ。それが表現の自由だろう。

私はこの展示に賛成しているわけではない。国際芸術祭のテーマとしてふさわしいとは思わないし、これらの作品が芸術作品とは思っていない。ただの社会風刺であって、そこに芸術性があるかどうか疑わしい。なので展示会をすることに反対しないが、国際芸術祭は違うと思う。このやり方は場違いな場で主張を繰り返す韓国と同レベルだ。賛成できない。
朝日新聞にも記事が出ている。できれば作品の一部リストではなく、作品を写真で出して欲しい。もしかすると芸術性があるものがあるかも知れない。逆に社会風刺ガラクタかも知れないが。
間違ってほしくないのは、表現=芸術ではないことだ。芸術とは人を感動させるものだ。ピカソ氏のゲルニカは有名だが、何でもかんでもが芸術ではない。特に今回は各地で展示拒否された物体ということで現体制批判ばかりの偏った内容だ。これが芸術展という気は全くしない。
抗議・脅迫は論外だ。バカでクズはどうしようもないな。一部の日本人の不寛容がたまらなく嫌だ。匿名で一方的な抗議・脅迫は卑怯者のやることだ。そういう意味では、展示会は継続して欲しかった。中止はバカなクズを喜ばすだけだ。バカなクズか増長することも耐え難い。

芸術を気持ちよく見られるのが一番よかったのだが、あまりに後味の悪いことだ。特に職員など内容に関係ない人々が矢面に立たされ嫌な思いをしたことはとても残念なことだ。