香港の学生が過激になっていると聞く。過激になればバルほど中国中央政府に付け入る隙を与える。武力介入だけは避けねばならない。デモはするしかないが、暴徒となっては、治安維持名目で軍の介入となる可能性がある。今、行政長官を変えないのは、まだまだ追い込もうとしているのだろう。さらに過激なデモになるまで、軍による介入のタイミングを計っているいるのだろう。決して暴徒となってはいけない。もしかすると、軍事介入のために中国本土の工作員が暴徒化させようとしているのかも知れない。中国はなんでもありなのでくれぐれも注意をしてほしい。
なんか、暴走している感じなんだけど、NHK料金を払わなくて済めばそれでいいのか?明らかに衆議院不適格の丸山議員とか入れて、おかしいんじゃないの?N国党に投票した人はこんな状況で引かないのか?とても不思議だわ。
コメンテーターなどがN国党についてしゃべるのは、彼を利するだけなので辞めた方がいい。NHKに逆らえない体制派と言われるだけで、得るものはない。N国党に投票する愚かな国民がいる限り、一つの参議院勢力である。NHKがスクランブルになれば民放は大喜びのはずだが逆のコメントをするのは不思議なものだ。
この何某と言う代表は、政治で遊んでいる。有権者は遊びに付き合っている。思惑通りに有権者が動いて楽しかろう。これで得をするのは代表だけで周囲の人間はモルモットみたいなものだ。それでも国会議員になれるんだから有権者は馬鹿にされてるなぁ。
私の見解はすでに書いた通りで、これらの作品に芸術性があるのか疑問だと思っている。今回の「表現の不自由展~その後」は、二番煎じの上に芸術祭と言いつつ作品の芸術性を問うていないように見える。芸術家の作品が芸術になるのではない。芸術を生み出したものが芸術家と呼ばれるのだ。自称芸術家の思想など芸術性がなければ無価値だ。我々の一票の価値もない。だから、表現の不自由展は、その芸術性が問われなければ意味がない。政治的プロパガンダは私費でやってくれ。ニュースでは、作品の選出は芸術性ではなく展示拒否されたかどうかだったと津田氏が述べたようだ。有志の実行委員の趣味としか思えない。そこに観客に芸術を見せたいという意図は感じられない。
あの手の電話応対はストレスが大きい。スタッフの拒否感はわかる。実行委員が24時間対応すればいいのだ。ガソリンの持ち込みもチェックすればよい。ガソリンは京アニの影響だから本当に持ち込む奴はいないと思うが、他人任せで表現の自由だなんだと言う前にやるべきことをやれよ。津田氏だってそんな委員と心中したくないだろうよ。芸術性のない展示だから話題性だけで津田氏を監督にしたのだろうが、彼はこうなることを見越していた節がある。無理して続けるより速攻中止にした方が得策と判断していたのだろう。
芸術とは後世に残す意味のある作品だ。政治的な意味で後世に残すなら博物館だ。私は現代芸術が全くわからないが、身勝手なガラクタ集めて喜ぶ愚か者たちによって、この芸術祭にケチがついたことは悲しいことである。
憲法によって表現の自由は保障されている。そのことに間違いはない。なので作品を制作した人は処罰されない。発表の場が相応しいかどうかは主催者が決定する。公的機関であればあるほどその判断は慎重であるべきだ。公的機関であればあるほど芸術性を重んじるべきで、思想を絡めるべきではないというのが私の意見である。
そのような意味で、この展示「表現の不自由展~その後」は失敗だと思う次第である。これが、芸術性をないがしろにされた作品群というのであれば意味があったと思うのだが、著作者側の権利のみを振りかざした展示では反発を買うことも予想できるし、まともな表現の自由の議論にはならないだろう。
まぁ、表現の自由とか報道の自由とか使い方を間違っている人間が多いと思う今日この頃である。