この橋を、建設中に潰せばよかったとウクライナは思っているかも知れない。私はずっとそう思っていた。完成前に壊せば南部への侵攻はもうすこし遅かったかも知れない。

大体、他人の領土に橋をかける輩を放っておくのはおかしい気がする。まだ、そこまでの危機感がなかったのか、余力げなかったのか。


 ウクライナの議会が北方領土は日本の国土という議決をしたそうだ。日本の無関心な人々より敏感だが、切実な思いかも知れない。日本の一般人はもっと曖昧で無関心だ。

 たかだか成り上がりのプーチン大統領は了見が狭く、すぐに軍事力をひけらかす。こんな人間と交渉ができると思わない。それでも国内の支持は80%近い。まともな国家とは思えない。核の脅し原子力発電所の占拠、まさに気狂いに刃物である。放送禁止用語だが、まさにそんな状況だ。

本日2022年10月8日の天声人語はノーベル平和賞の話。これはこんな感じかな。ロシア、ベラルーシ、ウクライナで、真実を記録するための努力は、危険で困難なものだろう。

朝日新聞には是非見習って欲しいし、戦前の反省を忘れないでいただきたい。真実はただ政府批判をすることではないし、記事を捏造することでもない。正しい記録を残すことだ。大衆におもねり発行部数を気にしなければならない今、難しいことである。ノーベル平和賞を受賞した方達にはただただ感心するばかりだ。記者がそれでは困る。記者にとってこれは他人事ではない。

国葬をめぐり社会の分断はさらに深まった。ほんとにそうだろうか?

日本はでももできる。街頭インタビューでも好きに言える。分断を煽っているのはメディアではないのか?有権者は選挙で政党を選ぶことができる。それは普通の民主主義で、分断などではないのでは?賛成派と反対派が血みどろの争いをしているわけでもなく、個々が賛否を表しているだけだ。なぜ、分断という?

朝日新聞は自分と違う意見があると分断と言うのはやめた方がいい。そういう他者の意見を認めない人間が天声人語の筆者とは嘆かわしい。

首相の説明もいつまで経っても不足しているというメディアの無責任な発言でモヤモヤが残る。これはメディアの責任を取らない体質がある。政府はそれだけしか説明できないのだから、政府はこの点で説明できないと言えば良いのに、説明を尽くしたとは言えないとか、何かあるような言い方をする。そんなの聞く方次第で何とでも言える。まだまだって永久に言う。我々は解説してほしいのであって、解説しない個人の感想や批判は要らない。批判するにしても何が問題かをそれこそ誰もが理解できるように筆を尽くすのが新聞だろう。