《西遊記》での三蔵法師は嫌われているところがある。
三蔵法師はいつもめそめそし、何も出来ない。そしていつも孫悟空に濡れ衣を着せる。
孫悟空が殺したのは明らかに妖精で、三蔵法師は自分にとって何が良いのか分からず
呪文を唱えるので無ければ、孫悟空が師弟の絆を断つのだった。
西遊記を詠んだ子どもで三蔵法師を好きな子どもはいない。
私は子どもの頃
なぜ三蔵法師が一行を率いたのか
ずっとわからなかった。
もし彼が居なければ
孫悟空は既に経典を手に入れていた。
のちに年を重ねるにつれて考えが変わってきた。
三蔵法師は三国志の劉備のように
弱く無能な外見の下に
大人にしかわからない強さを秘めているのだ。
———
三蔵法師が一行を率いることができたのは、
彼がしっかりしているからだと言う人もいる。
孫悟空は賭けで花果山に戻り
猪八戒と沙悟浄、和尚は荷物を分けて解散した。
最初から最後まで三蔵法師はただひとり
西から経典を取り寄せるという信念を曲げなかった。
それゆえ
彼は経典入手のリーダーなのである。
私はこれがすべてではないと思っている。
三蔵法師の力は
賢さだけではなく、優しさもあるからだ。
三蔵法師には不思議な力は無い。
しかし《西遊記》では不思議な力は良く出てくるが
優しさはほぼ見られない。
霊山への道では不思議な力を持つ人や奇妙な人はどこにでもいるが
真っ当な人を見つけるのは難しい。
木に縛られている人を見て助けたいと思い
檻に閉じ込められている子どもを見て、かわいそうだと泣き
足を骨折した老人を見て馬を譲って乗せるべきだと思う。
これらはとても当たり前の行動だが
しかしこうするのは三蔵法師だけなのである。
もし三蔵法師がいなければ
《西遊記》は絶望的な恐怖の世界を描くことになる。
霊山に行く理由は
世界を救うためだ。だとしたら
三蔵法師以外に一行を率いるにふさわしい人は
いるだろうか。
つづく

