大学英語教育学会(JACET『英語授業学の最前線』(ひつじ書房)を読んで

 

 

『英語授業学の最前線』を読んで,これまでに研究に対して抱いていた思いが言語化されており、しかもそれが歴史的経緯を踏まえて納得する形でまとめられていて、さらに新たな研究の形を作る、という力強い提案がなされている、大変勇気をもらえる1冊だった。

最初の「講演のまとめ」と柳瀬先生の論考を中心に印象に残った部分、ぜひ覚えておきたいことを、自分なりのストーリーに組み立ててまとめてみた(ページ順ではない)。

自分の所感も含めることで、今後の実践につなげていきたいと思う(正直で失礼な記述があればお許しください)。

 

【目次】

1 今の「研究」には課題がある【概論】

2 これまでの研究の流れはどうなっているのか

3 次の言葉が示すことは何か

4 従来の「研究」の何が問題なのか

5 探究的実践(Exploratory Practice)について 【ジュディス・ハンクス氏の講演】 

 

 

1 今の「研究」には課題がある【概論】

1-1 言語教育の研究の抱える課題 Burton(1998)  p.2 

「伝統的な研究は、教師が知りたいことを提供してくれない。教師は、説明や定義よりも理解や啓発を求めている」

★【所感】確かにWhatWhyがほとんどで、さらに抽象的な文章だけの論文は活用しにくい。現場実践者にとって外せないのは「具体」や「Howの部分」もあることである。

現場教員が理論だけからそれを具体的に応用するにはそれ相応の経験や別の力が必要となる。理想的なのは、「抽象的なまとめと具体的な例」から構成されている文章であろう。(しかも長すぎない)

 

1-2 英語教育学の研究者の初心とは? p.25

「英語の教師と学習者のためになる研究をしたい

→しかし、いつしか「研究と実践が乖離」してしまい・・・

★【所感】 ここはよく聞く話である。両者のgapをどう埋めるのか。どう歩み寄るのか。

 

 1-3 では、どうするか p25

「当事者のためになる研究を行うための提案をする」

―複合性・複数性・意味・権力拡充の4つの考え方を新たな研究の前提とすることで、 

「英語授業学」という分野を開拓できるという主張を行う。

 ★【所感】大変興味深い。具体的にはどのような考え方で、どのように進めるのだろうか。

   

 

2 これまでの研究の流れはどうなっているのか

「英語教育学」と「応用言語学」のこれまで p.25

1980年代:実験心理学の古典的な方法(比較対象実験法:「ゴールドスタンダード」)の取り入れ

1990年代:量的研究が高度化(構造方程式モデリングと呼ばれる分析手法も流行)

2000年代:質的研究を求める声が高まり質的研究の市民権が認められるように

2010年代:多くの量的研究をさらに分析するメタ分析や混合研究法(量と質的研究の使い分け)

★【所感】 ここは知識のない初心者にも分かるように記述してくれていて、大変助かる。

 

3 次の言葉が示すことは何か

3-1学部生からの忘れられない問いかけ p.25

Q「なぜ多くの実験研究が英語教育の成功を報告しているのに、学力低下や英語嫌いが進行しているのですか」

★【所感】大学以来、多くの人が思っていることだろう。理論が実践に大事というならば、理論を一番よく知っている教授の授業が最も優れたものである(はず)ということになる。
  しかしそもそも学力低下や英語嫌いなどの「英語が苦手な生徒に対する研究」は大学で学ぶ事項としてはこれまで少なかったように思える。附属学校以外ではほとんどの学校に当てはまる課題だが。

  

3-2 柳瀬先生の考え

A「これまでの英語教育学の研究の前提がそもそも適切ではなかったから」

★【所感】 断定していて力強い。

 

3-3 もう少し詳しく

●英語教育学・応用言語学の多くは、「当事者の現実を反映していない人工空間を想定した上で

の研究でしかない」と総括できる。p.28

●英語授業学も研究者の身内だけしか読まれず実践者には見向きもされない論文ばかりを生み出すことになるかもしれない。

★【所感】 これは現場教員として確かにそう感じることがあった。「1つの方法でこういう結果になった」と言われると、現場的には、「同じ指導法でも教える人や教える相手が違うと、当然結果は異なる」という当たり前のことが頭にある。

大学の先生から、現場実践に参考になる「(具体的な実践をまとめた)実践のまとめ」のような報告が増えると、現場的には大変参考になる。現在、「探究」や「ICT」の分野では研究者からそうした情報提供が多く参考になる。

 

4 従来の「研究」の何が問題なのか

4-1日本語圏の英語教育学であまり注目されていない論点

英語圏での応用言語学で話題になりながら、日本語圏の英語教育学ではあまり注目されていない論点がある。

ポスト・メソッド、複雑性(複合性)、アイデンティティ、批判的研究、探究的実践 p.27

★【所感】 なるほど。自分もよく知らないことが多い。学ばなければ。

 

4-2 比較対照実験というゴールドスタンダードの限界

従来の英語教育学や応用言語学がお手本としてきた比較対照実験というゴールドスタンダードについては、様々な分野でその限界が指摘されている。

これは、人工的な前提に基づいた空間をこの世界の在り方だとみなしたうえで成立する考え方に過ぎない。

 

4-3 「人工空間の4つの前提」とは 

以下は、人工空間の前提4つである。

・1つの要因が実践の成否を決定する

・人工空間は平均人を基準に設定するべきである

・1つの指標で実践の成否を測定できる

・実践者は科学者の指示に従うべきである

 

4--1 「1つの要因が実践の成否を決定する」p.29 

・実践を1つの観点だけで考える単純な因果関係では論文は書けても教育改善はできない p.31

・単純すぎて当事者の役には立たない。

・相関関係の説明や具体的なエピソード記述を実践者は好む。(洞察が深まるから)

*【複合性】の概念の無視になっている(1つの教授法に救いを求めない)

★【所感】 前提が異なると生徒の言動も変わる。(例えば1時間目と3時間目では同じ生徒でもノリは異なる)この辺の前提条件を詳しくする必要はあると思う。

 

4--2 「人工空間は平均人を基準に設定するべきである」p.32

・平均主義を形作った4名 p.36

①ケトラー:多くの人間の測定から平均を出す(社会は平均人から構成されるという考えに)
②ゴルトン:人間は能力で区分できる。優れたものは他の点でも優れているはず。
 ★今の偏差値のもと?
テイラー:管理職が平均人に合わせて設計したシステムに標準化された方法で合わせるべき。

(工場による大量生産に適している、工場のベルに似

せた学校の始業ベルの導入は将来の仕事への心の準備

が目的だった)

 ★今の「管理職」「標準化された学校システム」な

  どはここから?

④ソーンダイク:学校は平均化された能力で人材を選

 抜し、未来の管理職となるエリートに教育資源を投

 入することが社会のあるべき姿

 ★この選抜の発想が日本の常識となっている。

 →【複数性】の概念の無視になっている(異なる考え方をする人間が共生、オルタナティブ教育)

★【所感】特に興味深い記述だった。これまで当たり前のように学校で考えられていたことが、このような経緯のもとに少しずつ入ってきていることが理解できた。苫野先生などの動きもこうしたことに対する動きだろう。

 

 ・こうして以下のような現在の常識が出来上がっている。

学校制度は平均人を基準に設計するべきであり、一斉

授業で誰もが同じ内容を同じペースで学習し、教師も

誰もが標準的な方法で教えることが大原則に。p.37

→実は、どの教師も学習者も平均人でない。学校も地域も。個性の違いを大切にすべき。

 

4--3 「1つの指標で実践の成否を測定できる」p.37

・能力に大きな違いをもつ2人も、平均点という1つの指標でみると同じ能力となる。

・1つの指標だけで複合的な実践を、過度に単純化・歪曲化するのは乱暴である。

 →【意味】の意味を限定的にとらえすぎていることから起きる。

★【所感】 ここの例はとても分かりやすい。ここでは図示していないが、多くの人に読んでもらいたい部分である。

 

4--4 「実践者は科学者の指示に従うべきである」p.39

・「研究は客観的な心理である」という自然科学的な前提をそのまま踏襲してきたから。

・英語教育研究の成果に厳密な客観性を期待するのは間違いではないか?

 →【権力拡充】を抑圧することで生じる(個々の考え・感じ方の抑圧は好ましくない)

 

4-4 上記の「複合性」「複数性」「意味」「権力拡充」などの概念をおろそかにしない教育はすでにある。

モンテッソーリ教育、イエナ・プラン教育、ドルトン・プラン教育、シュタイナー教育などの

いわゆるオルタナティブ教育や苫野(2019)など

★【所感】 最近全国的に多い。私もこれらの学校の動きから学ばせていただいている。

  

4-5 柳瀬先生の授業でも上記4つを重視

「授業の複合性」「学生の複数性」「学びの意味の豊かさ」「学生の権力拡充」を重視している。p.45

-自ら言語化・理論化した知見を実践してみたいという気持ちになり、英語ライティングの授業を毎週教えている。労働時間は増えたが、毎日の実践が自らの研究対象となり、仕事は充実している。

→自分の実践は、実践者研究として論文化していく予定。

英語授業学について理論的に語るだけでなく、自らその論考を生み出していくつもり。

★【所感】 こうした言葉は大変心強い。「語るだけでなく生み出す」かっこいい。

 

4-6 これまでの研究とは形式も根本的発想も異なる

ここで示している研究スタイルは、これまでのゴールドスタンダードの限界を踏まえた上で生み出されるものであり、従来親しんできた比較実験研究などとは大きくことなる。違いは形式の上だけでなく、根本的発想にある。 p.45

★【所感】 現場にも役立つ新たな研究スタイルとなりそうで、とても楽しみ。根本的発想が異なる、という言葉も惹かれる。自分たちは教育者であるという強い気持ちが伝わってくる。

 

5 探究的実践(Exploratory Practice)について 【ジュディス・ハンクス氏の講演】 p.1

 

5-1「研究と実践の乖離」を踏まえて探究的実践という言葉にしている

(意図的に「研究」という言葉を使っていない)。p.5

 

5-2「探究と実践の循環」になるのが理想的

「探究的アプローチを取ることで、研究を通常の授業に統合することが可能になり、

 教室における探究と教育の両立が可能になった」Rowland2011

 

5-3 指導や学習において疑問に思っていること(パズル)を考えて、それらに取り組む。p.6

例)●なぜ、授業の準備をしてくる学生とそうでない学生がいるのか?

●なぜ、私の学生はすぐにやる気を失ってしまうのか?

 

*パズル(なぜ~なのだろう)I wonder why・・・

*パズルは、Whyから始めるとよい。Howだと、表面的な解決策を求めるだけになることが多い。

*探究的実践では明確な解答、成果を出す人はなく、探究

 的実践を通して自分の指導や学習におけるパズルへの理

 解を深めることができる。

*探究的実践は、参加者の関心やニーズに基づいたもので

 ある。(生活へのかかわりが大きい)

*探究の過程と成果を共有する。(互いの成長に)

*負担を最小限に、持続可能性を最大にする。

 (継続的な取に)

 ★【所感】 とても興味深い。「教科における探究的な学び」の授業づくりにも応用できそう(以下も参照)。

 

5-4 探究的実践の手順  p.15

①自分自身のパズルを設定する。

②他の学習者とともにその課題に取り組む。

③教師とも協力してデータを収集し、分析する。

④結果を伝えるプレゼンテーションの準備をする。

⑤他の学習者や教師に向けてポスタープレゼンテーションを行う。

⑥グループで「研究方法」に関するライティング課題に取り組む。

⑦研究を行いながら、重要な言語スキル(や学術スキル)を練習する。

★【所感】 この手法は上記と同じで「教科における探究的な学び」に活用できそう。たとえば少しシンプルにして、「パズル設定」→「情報収集・整理・分析」→「(英語で)発表」→「(ライティング)でまとめ」という流れでどうであろうか。他教科にも応用できる。

 

6 他の印象的な言葉・気づき

 他にも次のような印象深い言葉と出会った。備忘録としてメモしておく。

l  研究評価の指標:厳密さ(Rigour)、影響力(Impact)、独自性(Originality) p.1

 英国 Research Excellence Framework

l  良い研究とは? Yates2004) p.2

 ・技術的な説得力があるか(研究デザイン、方法、体系性)

・世界観を変え得るか(知の構築に明確な貢献)

・真に重要なものか(特定の文脈の個人あるいは広く世界にとって)

l  紙面を超えた関連情報へのアクセスを可能にしている

l  学術誌は、良い結果がでないとほぼ採択されない。p.95

l  見方や考え方の書き換えは、研修会などで互いにシェアする機会や、誰かに読んでもらう機会がないと、自身の考え方の書き換えが出てこないのでは。p.97

l  人文系には、出来事を多面的・重層的に書く力が必要。p.100

 (長いからと読みを放棄せず、「要は~」と短絡もしない読者も必要)

l  研究者は、「上から目線」でなく、実践のコミュニティを豊かにするために、実践家たちの声が抑圧されないように仕事をすべきではないか。p.103

l  論文以外の成果物でも修士号が取得できるように流れは少しずつ変わってきている。

l  授業はエコシステムそのもの(様々な関与があって成立)p.110

 

「英語授業学の最前線」という名前通りの内容です。おススメの1冊です!