「アフリカ起源説」を考察します。

なぜ人類初の誕生地がアフリカなのか。それはいったいどのような根拠によるものなのか。

実は、アフリカ起源説のまえに「他地域進化説」というものがありました。100万年以上前にアフリカを旅立った原人が、世界各地で独自の進化を進め、それぞれの地域で新人になっていったというものです。1980年代まではこの説が世界の主流でした。ところが、1987年にアメリカの研究グループがミトコンドリアDNAに着目し研究しました。その結果、母系をたどると最終的にひとりのアフリカ人女性に行きついたというものです。

さらに、新人はすべて10~20万年前にアフリカで誕生し、6~7万年前にアフリカを出て世界各地に広がっていったとする「アフリカ単一起源説」が発表されました。

その後、「他地域進化説」と「アフリカ単一起源説」は大論争に発展することになりますが、Y染色体研究や他の遺伝子分析、人骨の形態学的な研究からも「アフリカ単一起源説」を指示できる結果が得られるようになり、現在では大多数の人類学者が「アフリカ単一起源説」を支持しています。その単一起源説の、ネアンデルタール人と交雑しながらアフリカを出た新人の出発展開図を載せておきます。

ここで見落としてはならないのは、「他地域進化説」だろうが「アフリカ単一起源説」だろうが、どちらもそのもとはアフリカでの誕生です。肝心なのは、そのもとがなぜアフリカで誕生したかなのです。

 

ここで根拠のひとつであるミトコンドリアDNAの研究内容を見てみましょう。

母の母の母をさかのぼって最後には20万年前のひとりのアフリカ人女性に辿り着きました。この女性のことを「ミトコンドリア・イブ」と呼んでいます。アダムとイブのイブです。ただ注意すべき点は、辿り着いたというよりは、たまたま辿り着いちゃったといったほうが正確です。どういうことかというと、母が娘を産んで、娘に伝わる。しかし産んだ子どもが息子(男)だけだったら、その人のミトコンドリアDNAはそこで途絶えます。

その人が子どもを産まなかった場合も、娘を産んでも、その娘が子どもを産まなかった場合もそこでミトコンドリアDNAは途絶えます。つまり、人類の祖先はたったひとりの女性から始まったということではなく、同時代にはたくさんの女性たちがいたのだが、途中で途絶えることも多かった。さかのぼったら、たまたまうまく辿り着けたのがイブさんだったということです。

仮にさかのぼりのスタート地点で、その人の母ではなく、父の母、つまり父方の祖母からさかのぼった場合、違うゴール地点の女性に辿り着くことも考えられます。

 

分析研究でイブまでさかのぼった結果、どのようなことがわかったのか。

ミトコンドリアDNAは、核DNAに比べて10倍ほど変異が起きやすいとされています。

過去に起きた変異は、次の世代に蓄積されていきます。そのため、その変異を辿れば、いつどこで分かれたのか、さらに地理(場所)を組み合わせていけば拡散のルートもわかるというものです。

そして人類は大きく4つの集団にグループ分けできるとしました。内3つはアフリカ人グループ。残りの1つはアフリカ人+その他の人種グループです。

この結果でアフリカ以外の地域の人は、アフリカから移住した以降のDNA変異しか持っていないことから、人類誕生はアフリカと考えた根拠となりました。下図は、ミトコンドリアDNAの最初の系統図になります。

L0からL2までが誕生してからずっとアフリカに留まったグループ。L3がアフリカを出て行ったグループ。MとNが拡散したグループです。

 

ここで単語の説明をします。L0、Mなどのアルファベット使ってグループ分けしていますが、このグループ分けを「ハプログループ」といいます。「型」とも訳せます。「同じ遺伝特徴を持つグループ」と覚えておいてください。

いま4つのハプログループと説明しましたが、現在ではその研究が進み、ミトコンドリアDNAは世界に80ハプログループがあるそうです。そのハプログループにもとづいた系統図と人類の拡散図を見てみましょう。

気になるのはやはり日本人はどうなのか、ということですね。

ミトコンドリアDNAのハプログループについていうと、日本人は16個確認されています。16個のハプログループの割合は以下の通りです。

D4が一番多く、続いてB4、M7aとなります。アルファベットの後ろの4とか7aというのは、BやMからさらに枝分かれしたという意味です。

これらの遺伝情報について、近い人種同士を並べていったのが下の図です。下の図は人種の古さや新しさではなく、遺伝情報として近い人種か遠い人種かを表したものです。

これを見ると先ほどの人類拡散図に似ていますね。

 

さて、ここでいよいよ登場するのが日本の研究者「宝来聰(ほうらいさとし)」さんです。

宝来さんは、日本のミトコンドリアDNA研究の先駆者であり、独自の研究を進めてきた方です。宝来さんの研究内容をわかりやすく説明するのは大変難しいため、重要と思われる部分の要点だけをかいつまんで説明します。

宝来さんはミトコンドリアDNAの「ある一部分」に着目し、日本人を対象に研究を進めました。その分析結果はハプログループのCに相当します。研究対象の日本人からC2、C4、C6というグループが割り出されました。このグループがアフリカ人とヨーロッパ人との、どの位置の系統に当たるかという相関関係を探るために、その3者を対象に研究を進めました。そして、その分析結果は大変驚くべきものとなりました。C2は、世界3大人種を区別するくらいの古い分岐点に存在し、C4とC6は、ヨーロッパ人ときわめて近い所で分岐していることがわかったのです。下図がその分析図です。

つまり、日本人の祖先はアフリカ人とほぼ同時期に分岐し、ヨーロッパ人は、アジア人から分岐したことになるというものです。

これはもうびっくりしました。宝来さんが研究した結果、日本人が人類史上でも1、2位を争うほど古い人種だったということなんです。

アメリカを中心とした学者たちは、宝来さんの研究結果をことのほか嫌い、その検査方法をさせないように強制的に改正させたそうです。

自分たち白人種が、アジア人から分岐して生まれたということが屈辱でならないのでしょう。

つづく